ヘビやタコが登場する神楽!栃木県宇都宮市「二荒山神社宮比流太々神楽」を訪れた

気温30度を上回る灼熱の中、蛇はぐるぐるとくねった。なぜ5月末なのにこんなに暑いんだ!?夏空を見上げて、天照大神の太陽神の降臨の威力が凄すぎると思った。2026年5月31日、栃木県宇都宮市の「二荒山神社宮比流太々神楽」を訪れた。この地に伝わる蛸と蛇の舞を拝見すべく、早起きして宇都宮に降り立った。宇都宮は直線の大通りが長く伸び、どこか区画の存在を強く感じる町だが、少し道を逸れると餃子通りが広がっていたり、雑味のある小道が広がるのが面白い。

さて、駅からの直線道路を進むと道路沿いに大きな鳥居と拝殿へと続く急な石段が見えてきた。宇都宮二荒山神社である。宇都宮二荒山神社は「ふたらやま」である。一方で、日光の二荒山神社は「ふたらさん」なので、その点が違うことをのちに訪れた栃木県立図書館の郷土資料室の方に教えていただいた。さて、神楽殿では舞われたのは、午前は5座、午後は3座だった。それぞれを振り返っていきたい。

・10時〜12時
国定めの舞
鈴を鳴らして神楽殿を祓い清める舞。
この演舞は到着が少し遅れてしまったことによって、拝見できなかった。

猿田彦の舞
天孫降臨の道案内をする猿田彦。10時10分にはついた頃には次の猿田彦の舞が終わるところだった。この地の猿田彦は全身オレンジ色で、派手で、とてもかっこいいなと思った。

二神の舞
天津神と国津神がお互いの名を問うて、名乗り合うという演目。天地が融合して万物が生成されることを言う。これは天地和合であり天地未分であると考えれば、これは岩手県の早池峰神楽などで見られる「鶏舞」のような役割があるようにも感じた。

八幡の舞
「鈴とり鬼」とされる舞。鈴を振り踊る鬼(第六天の悪魔王)を八幡(八幡麻呂)が弓矢で退治する舞である。八幡系の舞は武神であり、やはり弓矢のモチーフが登場する。弓は「神通の弓」、矢は「方便の矢」とされており、これも八幡が応神天皇由来であることを思わせる。第六天魔王は仏教修行を妨げる悪魔とされており、歴史上の人物でいうところの織田信長が自らの仏教勢力との敵対する姿を第六天魔王と名乗ったことが思い出される。

鬼女の舞
これは非常に物語に入り込むような舞だ。恋焦がれた男がいた女が、結ばれることなく死に、鬼となりその男と再会するが、自分が鬼であることを隠せない。しまいに、鬼の姿をあらわにした女は、その場に現れた鍾馗に殺されてしまう。非常に悲しく切ない物語だ。女は鬼女としての鬼面と美しい姫の面を使い分ける変面的な立ち回りが非常に見どころだと感じた。これは昨年に石見神楽の佐野神楽社中の演目「有明」は女が徐々に面を変えて化け猫に変身する様を演じるが、あの演目を非常に思い出した。

さて、ここから昼休憩となった。
餃子通りに繰り出して一時間で餃子を食べようとしたが、日曜お昼であまりにも並んでいて、悟空なんかは人気すぎて40組以上待っていたので、比較的空いているキャロルに入って、餃子、ラーメン、ご飯のセットをいただいた。それで急いで、13時の演舞に間に合うことができた。

・13時〜15時
岩戸の舞
午後の最初の演舞は、岩戸の舞。これはもう全国の神楽で演じられる超重要演目であり、岩の影に隠れた天照を地上に連れ戻すべく、神楽を奏して賑わす。これぞ、神楽の起源というべき演目である。岩の造形のゴツゴツ具合がとても良かった。ここでは肝心の天照大神を偶像化せずに登場させていない点が非常に興味深かった。登場する役柄としては、猿田彦、岩戸の二神、鈿女、手力男命である。

恵比寿の舞
恵比寿神、またの名を事代主神。ひょっとこと道化とともに釣りを楽しんでいると、うなぎや鯛が釣れて、最後に大蛸が釣れる。道化は大蛸と相撲をとって、その勝負に勝ち、最後は踊る。漁民文化に根ざした非常に愉快な舞。鯛を釣るという所作はよく見るが、大蛸が登場して、そこと相撲を取るというのが非常に珍しくそして面白く感じられた。

お蛇の舞
さて、今回最も楽しみにしていたのがこの演目である。お蛇の舞の読み方は「おろちのまい」だ。八岐大蛇伝説を題材としており、これは出雲の奥山に住む蛇のことである。脚摩乳(アシナヅチ)には8人の娘がいて、毎年お蛇が降りてきて攫われること8年目。とうとう稲田姫の出番が来てしまう。須佐男命はそこで濃いお酒を用意して、お蛇に飲ませてその隙に退治する物語。斐伊川の氾濫に対する人身御供を思わせる話の構成である。

宇都宮二荒山神社では、なんといっても、この大蛇の造形そのものが非常に愛らしくおおらかである。大きな頭、大きな体をゆっくりと歩きのその外歩く蛇はまるで、2本足の恐竜のようである。わかりにくいような細くてひょろっとしたヘビではなく、大きくておおらかな蛇だと感じた。お酒を飲んで酔っ払ったところを須佐之男命が剣で退治して稲田姫を守る物語は他と同じだ。それにしても炎天下の中、このような分厚い着ぐるみのような大蛇を纏って演舞した演者には本当に感謝したい。それから道化のお酒を運ぶ姿が、足のふらつき具合がとても良い塩梅で、思いがこもっていて、素晴らしい身体所作だと感じた。

さて、演舞が終わり、餅まき(餅の手渡し50個ほど)があり、本日の神楽は終了となった。
その後に栃木県立図書館で資料を調べてから、また宇都宮の街に餃子を食べに繰り出した。17時前だったので、餃子のみんみんが並ばなくて入れたのはかなり良かった。やはりみんみんはパリパリで小ぶりなところに、手軽さがあり、「宇都宮餃子といえばこれだ」と思わせる風格があった。

全体を通して感じた楽しませる心

今回、8演目を拝見して感じたのは、埼玉県の鷲宮催馬楽神楽のような古風を今に留める太神楽というよりも、純粋に人を楽しませたいという気持ちが強い神楽なのだと感じた。娯楽要素の強さを感じたのだ。道化役の登場箇所が多かったり、大蛸や大蛇のような役が非常にユーモラスで親しみのある着ぐるみのような造形として登場していた。あと、演舞中に岩の上に凧と蛇が置いてあっておそらく陰干しされていたのかもしれないが、その姿が可愛らしかった。

そして、演目の合間の幕間に突如MCのような繋ぎ役が登場して、「今日は3万5千人の観客の皆様にお集まりいただきありがとうございます」という誇張表現で笑わせてくれたのに始まり、10分ほどの演目の紹介もあった。その合間に昔話もたくさんお話があった。「この地域には昔ワンワン(野良犬)がそこら辺を徘徊して、それを踏んじゃってがっかりしたこともあった。そんな中で唯一の楽しみはサッカー。ご飯を食べるときに白黒テレビを観ながら今日はこんなことがあったんだよと話していたんです」などと思い出をしてくださった。

神楽は誇張することで囃すという役割があり、これは国家のような大きな力の存在を成立させる条件とも思う。それがこの神聖なる神楽殿にて神に捧げられているという事実もまた興味深い。宇都宮という栃木県という地方都市の中心の街で、このような大きく囃す芸能が息づいていることが何か必然性のようなものを感じてそれがまた面白いと思った。


宇都宮二荒山神社、神楽の歴史

さて、ここからは栃木県立図書館で調べた資料や、WEBなどを検索して資料を集められた情報を振り返る。この二荒山神社の神楽は「太々神楽」に属する。今年4月には山梨岡神社の太々神楽に訪れたが、あの形式とも近い神楽だ。江戸を中心として、その周縁に伝播した一様式と考えられる。
宇都宮市教育委員会『宇都宮の伝統文化 二荒山の祭礼』, 平成24年度 宇都宮市伝統文化映像記録作成事業資料(2013年3月, 宇都宮市教育委員会)によれば、二荒山神社の太々神楽は江戸時代中期に始まったようで、江戸の神田流から教わったと伝えられており、「宮比流」と称するようである。

毎年、1月、5月、9月と4ヶ月刻みで、境内の神楽殿にて披露されている。もともとはこの年3回の演舞は28日に実施していたようだが、今回訪れたのは日曜日31日だったので、近年は土日に日程がぞれているのだと思われる。全ての演目は18座あり、そのうち7〜8座を毎回披露するようだ。面は全部で39面あり、江戸時代終わり頃から明治時代に活躍した仏師の高田運春の墨書きがあるものもあるという。非常に古い麺も残っているのである。宇都宮市指定無形民俗文化財となっている。


<参考文献>
宇都宮市教育委員会『宇都宮の伝統文化 二荒山の祭礼』, 平成24年度 宇都宮市伝統文化映像記録作成事業資料(2013年3月, 宇都宮市教育委員会)
栃木県教育委員会『栃木県の民俗芸能ー栃木県民俗芸能緊急調査報告書ー』(1998年, 栃木県教育委員会) P12〜15
尾島利雄『栃木県民俗芸能誌』(1973年12月, 錦正社)P50〜51
栃木県教育委員会事務局文化課『栃木県の民俗芸能』(1985年, 栃木県教育委員会)P21〜22