【2020年10~11月】石川県加賀市 獅子舞取材9日目 分校地区(高塚・打越・箱宮・分校)

2020年10月29日

今日もかなり充実した1日だった。分校(ぶんぎょう)地区4町の獅子舞を一気に全部取材することができた。案内人は吉野裕之さんと、山口美幸さん。また、各町の区長さん方にお話を伺うこともできた。以下、伺ったことについてまとめておく。分校地区の獅子舞は4町とも全然違う。それぞれ、きちっとした型がある。その違いにも注目しながら取材を行った。分校はとにかく空が広いことが印象的だった。田んぼも広く、町民会館も広い。そのようなのびのびした環境の中で、どのような獅子舞が舞われているのだろうか。

 

①高塚町

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区長の村井國夫さんにお話を伺う。棒振りがいて、暴れる獅子を舞う。昔は20人以上の青年団がいた。獅子頭は1つで、平成11年に井波で作ってもらったそう。20年以上前の獅子なのに、結構綺麗である。ジラルミという素材で、獅子頭の取っ手を修復している。昔は小松に獅子舞を舞いに行ったこともあるそう。9月の第三日曜日敬老の日あたりでいつも獅子舞をやっている。昔は4町バラバラでやっていたが、今は皆この日にやっている。舞いの種類は7パターンあり、チョウチョウトマレ、キョウブリ、コンカラコン、シャンシャン、長棒(「タチ」というパターンもある)、寝獅子と呼ぶ。お花代によって、舞いの本数も変える。寝獅子は最後の締めで使う舞い方で、お花代が高い場合は寝獅子を最後にやる。一人一人全パターンをマスターする。1年で習得は難しい。カヤは中でローテーションしていく。獅子頭をずっと持っていると大変だからだ。

 

②打越町

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区長の東野誠輝さんと打越町獅子舞保存会の福村克也さんにお話を伺った。打越の獅子は小松のヤタかヤタノ辺りから伝わった。獅子頭は2つあり、どちらも雌獅子だ。昭和13年制作が一番古いもの。獅子のデザインは新しい方が上目で可愛らしい感じ、古い方が下を向いて睨め付けるような感じである。耳無し角無しの獅子で、漆も塗っていない木彫りのシンプルな獅子である。舌がパカパカ鳴る。舞の種類は3つで、カヤの中は6人である。尻尾は毛の部分が大変長い。笛は横笛であり、田尻が縦笛だが多くは横である。笛は1本1万円のものもある。太鼓はポンポンと鳴る竹の棒で叩く。祭りに合わせて会社を休む習慣があったが今はない。収穫に感謝する祭りがある。

 

③箱宮町

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区長の西本賢斎さんにお話を伺う。獅子舞に関して、高塚と箱宮は同じ由来を持つ。赤獅子という点でデザインにも共通点がある。獅子頭を作った人は北昭三さん。小松の方だそうで、本折の方?かもしれないとのこと。北彫刻というのがある。角があるので雄獅子である(橋立のように雌なのに角があるところが稀にあるので、判断が難しい)。獅子頭はかなり軽く作られている。耳が非常に小さい。驚くべきは、祭りの本番が朝2時半から3時くらいから舞い始める。普段寝ているであろう時間に、それを当たり前として受け止める地域もすごい。そして、お花代の額にかかわらず2回以上は演目を舞わない。1日でしっかり回りきるためのようだ。

 

④分校町

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区長の田中重穂さんにお話を伺う。区長交代の際に夜太鼓を鳴らして回る行事がある。神社は白山神社と分校神社が並存していて、その敷地の中にさらに菅原神社があるというかなり特異な形態。しかも、境内には牛、狛犬、馬、など奉納の石造物がたくさんある。町民会館には預金講の奉納の飾りのためだけの巨大な獅子頭もあって、奉納の文化がとても盛んなのかもしれない。奉納は皆初老の年に1人10万円くらい払って、仲間で行うそうだ。奉納された獅子合わせて頭は3つ。使わなくなったものと現役のものが1つずつである。割れて使わなくなった獅子頭は町民会館のガラス棚に飾ってあった。鼻の横に縦の切れ込みが入っているが、どこも獅子頭が割れるときは同じ部分が割れている。割れた箇所に着目すると新しい発見があるかもしれない。現在使っている獅子頭は神社の方に保管されている。舞いは箱宮から伝わったという。

 

<電話インタビュー>

石川県立歴史博物館にメールで、獅子頭の歴史に関して問い合わせ。学芸課の方によれば、富山県だと、氷見獅子の源流を中世の芸能「王の舞」と関連づける研究がある。橋本裕之氏『王の舞の演劇的研究』という論文にまとまっている。氷見獅子に関しては研究が盛んで、佐伯安一氏、小境卓治氏もその源流について論文の中で言及している。小境卓治氏は氷見市博物館の全館長である。福井県では前若狭歴史博物館館長の垣東敏博氏が「若狭の王の舞と中世芸能」を『福井県の民俗芸能』に書いている。

 

その後、「石川県緊急調査報告書」の編纂をされた小林忠雄さんに電話取材。小林さんは、石川県の獅子頭展や「北陸の仮面」などの展示を実施された加能民俗の会の方だ。600年前に羽咋の山の方の論田・熊無に立山から獅子と藤箕を伝えた修行僧ありと聞いたことがある。そこの根本に立山の権現様を祀る文化あり。そのことをお話ししたところ、通り道の石動彦神社にも立山権現さまがいるかもとのこと。これは要チェックだ。小松博物館にある石川最古の獅子頭津波倉神社の獅子はどういう舞いをしていたかとか、どこから伝わったかは明らかにされていないそう。獅子舞は江戸時代からは文献があるが、鎌倉、室町になると記録が格段に少ない。まして、民間伝承である。

 

菅生石部神社は加賀市で一番古い神社。獅子舞について電話で宮司さんにヒアリングをした。地域の敷地町の獅子舞を管理をしているわけではないそう。町の青年団が管理している。獅子舞は地域にあるいくつかの神社を回って奉納する。農業の神様の神社をまわったり、生産組合を回ったりもする。大聖寺だが、町人文化ではないようだ。

 

Ps.橋立の昔話

船で沖合に出た時には仲間が大事。橋立のような漁師町が信心深く、地域の交流にたくさんお金を使うのはよくわかる。自然を相手にする漁師は体で覚えるという習慣が身についている。橋立地域の祭りは本当にハードだ。朝4時から祭りが始まり、夜8時に終わり、それから12時まで舞をする。それが3日間。いつ寝るのだろうか。寝ない人もいる。暴力沙汰もたくさんあったし、小学校のトイレはボコボコだった。シンナーを吸う人だっていた。今では、おとなしくなったが。このような話もあるのだ。

 

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お昼に食べた伊切町のかどや食堂の「定食」。とても美味しかった。