【2021年9~11月】石川県加賀市 獅子舞取材 大聖寺上木町

2021年9月29日

17:15~ 大聖寺上木町

区長の宮本浩二さんにお話を伺った。送迎と同行は北嶋夏奈さん。獅子頭が1体、町民会館に保管されていた。見た印象としては、鮮やかな赤色で、何回か上から塗り直した跡があり、富山の井波で作ったようなデザインにも思えた。この獅子頭が来る前はどのような獅子頭があったのか定かではなく、この獅子頭もいつに作られたものなのかわからない。祭り道具に関しては現在、蚊帳と獅子頭しか残っていない状況だ。獅子舞の歴史について、いつ始まったのかは定かではない。現在、68歳の宮本さんが子供の頃は既に獅子舞が行われていたので、少なくとも68年以上前に獅子舞が行われていた事は確かだ。第二次世界大戦の頃、獅子舞を実施していたのかは聞いたことがないという。

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現在、獅子舞は既に途絶えており、15~16年実施していない。元々は青年団が一軒一軒、回っていたが、担い手がいなくなってしまった。上木町は元々50数軒しか家がなかったが、今はそれが90軒に増えた。団地ができ人口が増えたので、獅子舞の担い手も増えそうなものだが、実際にはなかなか増えなかった。昔、青年団は20人くらいいたが、それが10人くらいに減ってしまった。元々25歳までが青年団に所属していてそれ以降は卒業していく形をとっていたが、最後の方には、35歳までが所属する形になっていた。青年団が6~7人くらいに減った時に、獅子舞を実施しなくなった。

青年団の人数が減る中で、獅子頭を持つ人、中に入る人、尻尾を持つ人の3人で実施していた獅子を、頭を持つ人と尻尾を持つ人の2人のみで実施するように変更した。獅子の他には、太鼓を叩く人がいて、それは変わらずメインの音を作る人と、リズムを取る人の2人がいた。獅子の動きは、最初は寝た状態からスタートして、太鼓の音によって起こされ、どんどん動きが激しくなっていくような感じだった。ご祝儀は2000円くらいが平均で、その額によって舞い方を変えるというような事はなかった。

祭りの日、スタートは上木町の上木菅原神社で、そこで奉納してから、区長の家、町内の家という順番に回っていった。朝の7時から夜の18時まで実施し、獅子舞は1日で完結した。お昼は青年団で集まって食べるのではなく、一旦家に帰ってお昼ご飯を食べてからまた13時に集合して、獅子舞を再開するというやり方をとっていた。獅子舞が一通り終わってから、町民会館に集まって、夜に皆で集まってお酒を飲むという事はあった。あとは夜に櫓を建てて盆踊りもした。春祭り(3月末)と秋祭り(9月第2日曜日)があり、基本的には獅子舞は秋祭りのみ実施していた。元々上木町は農村地帯だったので、田植えと刈り取りの時期を考えながら祭りを行なってきた。他の町の獅子舞との交流はなく、その町の中でただ伝統を守り伝えるという感じだったようだ。

現在、上木町の秋祭り(9月第2日曜日)は以前とはガラリと変わった。「獅子舞だけではさみしいなあ..」ということで、20数年前から子供神輿が行われ始めた。小学校6年生までの子供が神輿を引っ張るかたちだ。その神輿の子供も今かなり少なくなってはいるが、存続している。あとは、焼き鳥や焼きそばなどの出店が行われるようになり、18時からのビンゴゲームで締めくくるという流れができた。また春祭り(3月末)は以前から変わらず神事のみで、現在も行われている。この祭りの運営は現在、実行委員会(代議員)が祭りの中身を決めていく。それをあくまでも手助けするだけなのが、区長さんの役目である。また、町内の8班とともには話し合いながら進めていく感じだ。

湖城町、大聖寺西町、大聖寺上木町と新興住宅が建って、人口が増えた地域の祭りには、決まって屋台が登場し、ビンゴゲームやらなんやら新しい企画がどんどん立ち上がっていく。獅子舞の実施の有無に関しては地域差があるものの、共通点はやはり楽しみを純粋に追求した結果、伝統を残すというよりかは、毎年のように企画が変わっていくような場合も多いように思う。これからの祭りとは?獅子舞とは?を考えさせられる貴重な取材だった。

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