埼玉県秩父市・浦山における獅子舞の役割、人口が半減しても地域の結びつきは強い!?

昨日、秩父の浦山歴史民俗資料館を訪れた。google mapなどで獅子舞の展示をしている資料館を探していたところ、見つけたのがこの施設。獅子舞の展示についてなど、その時の様子を振り返る。

 

浦山歴史民俗資料館とは?

浦山地域は毛附、川俣、金倉、細久保、冠岩という5つの耕地からなり、合計の世帯人口が昭和30年の調べでは、440戸だったとのこと。これが平成24年の調べでは、64人と半数以下に減少してしまった。浦山ダムの建設や小中学校の閉校などの影響により人口流失が進み、地域の生活文化の保存や復元を目的に建設された施設だという。地域唯一の民俗芸能である獅子舞も例外ではなく、ダム建設により伝承の場が失われてしまったという。現在は、地域外の在住者がお盆や秋に訪れて獅子舞の継承を行なっているのが現状である。実際に現地を訪れた時に、地域の子供に遭遇。獅子舞の展示を怖がっていたものの、映像に興味を示したり、「獅子のお家はどこ?」と大人に質問していたのが印象的だった。

f:id:ina-tabi:20210613173033j:plain

 

秩父の獅子舞の特徴

埼玉県秩父市に伝わる獅子舞は、風流踊りに起源を持つ三匹獅子舞である。この獅子舞の特徴としては、一人立ちの獅子舞が3匹登場するところで、それぞれ太夫獅子、雄獅子、雌獅子の3頭1組となって行う舞いである。それぞれ3頭ともに獅子頭を被り、腰に太鼓をつけて打ち鳴らしながら舞う。この舞には花や剣などが登場し、五穀豊穣、悪霊退散、雨乞いなどの祈願の思いが込められている。現在、秩父市内に伝わる風流踊り系の獅子舞は11箇所に伝承されており、太田部、白岩、久長、黒谷、矢行地、日向、久部、田野澤、浜平、三峰、浦山という場所である。

 

浦山の獅子舞の特徴

起源は西暦1245年に遡るという。当時、天皇の勅令を受けた下総の角兵衛という人物が角兵衛獅子という獅子舞を考案したようで、それを全国に広めたとのこと。「浦山の獅子舞」もその正統な直伝を受け、伝わったという。現在は保存会により継承され、小学校等の協力もあり、今に伝わっている。

この浦山の獅子舞の特徴としては、特に勇壮活発で「荒獅子」とも呼ばれていることにある。大雄(たいゆう)、雌獅子(めじし)、男獅子(おじし)という3匹の獅子が登場し、大雄と男獅子にはそれぞれ角が2本あり、「真剣」という剣を顎下に抱えているのが特徴である。一方で、雌獅子は角が一本しかなく、真剣は持たないようだ。獅子の他には、花笠やささらも登場し、祭りの華やかさは一層引き立つ。また、服装に関して、裁着袴(たっつきばかま)に草鞋(わらじ)という出で立ちは、山道を歩き、激しい舞に耐えられるように作られたものであるとのこと。

また、この地域では演目を数える単位が「芝」であるというのが面白い。主となる演目が6つ(6芝)が伝わっているという。どことなく、名前のつけ方が東北のしし踊りと似ているのは気のせいだろうか。

・打ち揃え・・・本番前の音合わせ

・庭入り・・・舞場に入る舞

・大狂い・・・始まりの芝

・花懸り・・・花笠に懸る芝

・縄懸り・・・力強く縄に懸る芝

・幣懸り・・・幣束に懸る芝

・飛剣・・・真剣をくわえる芝

・剣懸り・・・祈願獅子舞

 

獅子舞が行われる祭り

①川施餓鬼

毎年8月16日の送り盆の日に、昌安寺で行われるお盆の行事である。獅子舞はこの日の午前中に練習が行われ、午後6時に本番を迎える。ここで披露されるのは「花懸り」や「縄懸り」などの芸能獅子と呼ばれる演目である。この別名としては「盆獅子」「夏獅子」という呼び方もあるようだ。

 

②丹生様・お諏訪様祭礼

毎年10月の第4金曜日に実施。他の2つとは異なり、神社で行う行事である。昼前に丹生様、昼後にお諏訪様を訪れ、鳥居前で「剣懸り」という演目を行う。道中、一行は笛を吹くという。この祭礼は大日如来縁日の前夜祭的な意味合いを持っているようにも思える。

 

大日如来縁日

毎年10月の第4土・日曜日に昌安寺と大日如来堂で「大日如来縁日」という行事が行われる。大日如来は干支が未(ひつじ)または申(さる)の人の守り本尊であり、大日講が100組もあるというのだから驚きである。この祭りにおいて、初日に「迎え獅子」という行事が行われる。ここで「祈願獅子」という獅子舞が披露され、そこで悪魔祓いの祈願を申し込む人もいる。2日目には、初日で悪魔祓いを申し込んだ各家を獅子舞が回るという流れになっている。

 

浦山の獅子舞の魅力とは?

この浦山の獅子舞の魅力は、まさに「獅子舞が地域存続の拠り所となっている」ことにあると思う。昭和から平成にかけて、ダムの建設等により、人口は半分以下に激減。その中で、獅子舞を存続させようと地域内外の人々がお盆と秋に集っているというのはすごいことである。獅子舞が地域を繋いでいるのだ。そして、その陰にあるのが、約100組・6~700名(平成24年現在)の大日講の存在であり、代表者は少なくとも祭りに出席する。この仏教と獅子舞との関係性が、それぞれうまく作用しあい、地域の存続につながっているという印象を受けた。