農業らしい腰の動き「干し物獅子」、埼玉県川越市「石田の獅子舞」から考える環境適合型の獅子舞

環境の影響を受けて所作を形成する獅子舞がある。そういう獅子舞に強く惹かれる自分がいる。そこの土地で継承されるべくして継承されている存在。だからこそ大きな価値を感じるのだ。2024年4月7日、埼玉県川越市の市指定無形民俗文化財・石田の獅子舞を取材するため、藤宮神社を訪れた。その様子を振り返っていこう。

藤宮神社では毎年4月の第日曜日に、春祈祷の獅子舞が行われる。これは五穀豊穣と大きく結びついた農村の獅子舞である。10時に開始して、15時まで実施する流れであるとネットで見かけたので、随分と余裕のある日程だと思って川越市駅から1時間歩いて神社に向かった。着いてみると境内の各所に日程表が貼ってあり、日程のほとんどがお囃子団体の演奏だったことが判明。14時から14時40分だけが石田の獅子舞だということがわかった。神社に到着したのが13時半ごろだったので、奇跡的に時間がマッチして観ることができた。観ることができて本当に良かった。

役柄は舞い手3人(大獅子・女獅子・小獅子)、導き役の山の神(「蠅追(はいおい)」とも言う)1人、花笠をかぶるササラッコ4人、笛吹き多数(5~6人)となっている。山の神は蠅追という名前があるのが面白い。獅子舞と山の神、あるいは蠅追のコラボはよく見られるので、そういう文化の一端であることを思わせる。山の神の衣装には獅子の刺繍が金色に輝いていた。

演目は1庭形式であり、途切れることなく入場から退場までは一続きの演舞となっている。鳥居前から始まり、広場で舞い始め、「出端(デハ)」となって舞い終わり、拝殿前で礼をして終わるという流れである。全体で40分ほどだった。途中、「思いもよらぬ朝霧がおりて」と始まり、2頭の雄獅子が争う雌獅子隠しの演目が始まる。2会の喧嘩が行われ、はじめは大獅子が勝つが、2回目は小獅子が勝つという流れだった。

面白いと思ったのが、まず褒めの言葉と返しの言葉があることである。褒め言葉は「東西東西」から始まる。これを聞いた途端に、石川県や富山県に伝わる加賀獅子の口上を思い出した。東西東西の口上は全国的なものであるのかもしれない。もともとは相撲や歌舞伎などで、「東から西までお静まりなさい」という注目を喚起する声かけであったとも言われている。それはそうとこの褒め言葉、いろいろなものを褒めまわしていた。獅子は龍頭で戸隠大権現の姿のようだとか、山に例えるなら北は日光山、西は富士の山、東は筑波山、南は箱根八里の大江山だと声を張る。また、笛の音が澄んでいて美しいなどと言う。最後に「ホホ敬って申す」で締める。それに対して返し言葉はその褒め言葉に対して比較的短く、御礼を申し上げるような内容だ。この褒め言葉は獅子舞の担い手以外が行い、それに対して返し言葉は獅子舞の担い手が行う。元来、このやり取りは即興で行われたものだが、そこにサクラが現れてさも即興のように見せるようになり、そして現在のように原稿を読む形式張った形になったと考えられる。即興性の面白さは現在感じることはできないが、伝統を受け継ぐことはこのように徐々に簡易的になっていくものだと改めて実感する。そしてなぜ褒め言葉があるのかを考えるときに、褒めの語源は「穂」にあるという説もあり、褒めることが大地の豊穣へとつながっていったのではと推測する。素晴らしい作物や獲物への期待が褒めと言う予祝を生んでいると考えることもできるかもしれない。

また、最も興味を惹かれたのが「干し物獅子」と呼ばれる舞い方の特徴があることだ。藤宮神社は農業と関係が深いため、獅子舞はその神様に奉納するものであるから「干し物」をするように舞うのだという。実際にその動きを見ると、元気がよく、動作が活発で荒い。これが農家の干し物に対する身体性のようだ。川越市ホームページ(2024年4月7日アクセス)によれば、「むしろの上に麦や米を広げて干すように、腰を低くかがめて荒々しく舞う」とある。また、雑談ではあるが7月22日に行われる石田本郷の獅子は「田の草獅子」と呼ばれており、田の草取りの格好が多いことからこう呼ばれるようになったのだと言う。

この石田の獅子舞の始まりは定かではない。ただし、獅子頭が納められた道具箱に「天明乙巳年四月吉日扱之 武州入間郡川越領石田村惣若者中 世話人」と書かれている。江戸時代の天明年間には獅子舞が行われていたことがうかがえる。

それにしても舞い方や所作に奥深いストーリーのある獅子舞を見ることができて本当に良かった。15時前に神社を後にして、川越の商店街を抜けて、川越駅から帰路に着いた。

<参考文献>

川越市川越市史民俗編』昭和43年3月

石川博司『石田の獅子舞を訪ねる』多摩獅子の会, 平成19年5月

川越市ホームページ(2024年4月7日アクセス)

https://www.city.kawagoe.saitama.jp/smph/kurashi/bunkakyoyo/bunkazai/shiteibunkazai/shishiteibunkazai/ishida.html

川越市立博物館『川越市立博物館だより第27 41号 1999-2004』平成16年3月