稲村行真の旅してみんか

旅をしながらコミュニティのあり方を考え、実践する冒険家です。

ヒラヤマちべっとの庭がきれいになった!

先日3/17(土)~18(日)で行われた「ヒラヤマちべっとガーデンフェス」。

お庭作りの楽しさに触れた2日間でした!

あれから、みるみるうちにお庭の草花が芽吹き、とても気持ちのいいお庭になってきました。今回は、お庭作りの過程と、どう植物が成長していったかについて、書いてみることにします。

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今回、お庭作りのゲストは、TOKYO STREET GARDENのみなさん。

ランドスケープデザインをされている三島さんや金子さんをはじめ、大学・大学院生の方々もその活動の一環で来てくれました!

知り合いや地域の方々も混じって、2日合わせて30人ほどの参加者で、とても楽しいイベントになりました!

 

"TOKYO STREET GARDEN" は、東京ならではの園芸文化がつくるパブリックスペース(ストリートガーデン)を、東京の路地や空き地(低未利用地)、そしてコミュニティースペースを舞台として創出し、それらを地域の人々と共に企画・運営を行いながら、東京の緑の保全と創出に寄与する活動を行っています

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お庭作りの最初の着目ポイント!

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3/17。最初はこんな感じで木がもっさりしていました。

玄関までのアプローチがはっきりしておらず、視界を遮ってしまっていました。

これはもったいない!

もっと、地域の方々に場を開いていきたい!

ということで、この木をなんとかしようということになりました。

 

まずは、近所の鈴木さんが登場!

チェーンソーで、枝を切っていきます。

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豪快ですね!!!

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こんなでかい枝が取れました!!!

お、重い(笑)

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枝を切った後は、でかい石を取り除きます。

スコップで、ほって運んでほって運んでほって運んで!

皆さん、ご苦労様です。

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お昼は2日間とも、古民家の中で食卓を囲みます。

せせらぎ農園の佐藤さん、お手伝いいただきありがとうございました!

豆ごはんの発想とか、サツマイモご飯の塩加減とか、米の研ぎ方とか色々教えてもらって料理の奥深さを知りました。

ぼくも料理の腕が少しあがりました。

ikasitai.at.webry.info

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ヒラヤマちべっとでのいただきますはこうです!笑

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さて、料理はこんな感じです。

リンゴはひとつだけ、はるっち(小学生)用のウサギが混じっています。笑

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タネはこんな感じです!

色とりどりで春が来た!って感じですね。

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石をひたすら洗い、ひたすら拭く、石積み職人現る(笑)

ゴロゴロした石は一箇所に集めて、子どもの遊び場のような感じになりました。

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根っこは、植物が植えやすいように、チェーンソーでガガガガガと削っておきます。

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土の中に植木をどんどん埋めていきます。

タネもパラパラ蒔いていきます。

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ついに、、、 完成!!!みなさんで集合写真をとりました。

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では、上から見たらどんな感じなのでしょう!?

ドローンを飛ばしてみたいと思います。

さて、初めてのドローンにみなさんワクワクドキドキです。

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お庭の面積が意外と広い!!!!!!!!

古民家にとって、重要な入り口となる部分のお庭がきれいになったのは、改めてすごく大事なことだったということを実感しました。

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さて、お庭作りが終わってめでたし!というわけではありません。

ランドスケープは作り終わってからが面白い」ということがわかりました。

どんどん草木が成長して、庭がどんどん美しく生き生きとしてくるのです。

徐々に変化し、柔軟に環境に適応しつつも、場に馴染んで行くのが、植物という生き物なのですね。

変化をみてみましょう。

 

2018年3月18日

さて、まだまだ大部分は土で覆われています。

これから、どんな植物が芽吹いてくれるのでしょうか!

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2018年3月22日

植物の背丈が少しずつ大きくなって来たように感じます。

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2018年3月29日

まだまだそれほど大きな変化はありませんが、真ん中の道のところにうっすらとクローバーが出て来たような感じです。

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2018年4月8日

ここまでくると、クローバーがたくさん芽吹き、庭全体が柔らかい雰囲気になって来ました。イチジクの木からは葉っぱが出て来て、全体的に植物が満遍なく地面を覆うようになりました。

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2018年4月18日

ヒラチベガーデンフェスからついに一ヶ月の記念日です!!!クローバーの道と、ところどころに咲いたお花が本当にキレイですね。クローバーの道を歩くのはもったいないくらいです。

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さて、ここまでで、庭作りと成長過程について振り返りをしました。

ランドスケープについて感じたことは、

①地域の方を巻き込んで、作業を進められるのが楽しい。

人が関わりやすいということは一体感につながり、地域コミュニティにとって重要な要素だと感じます。作業を通して、何かを一緒に作り上げることで達成感を得られ、成長をみんなで見守る楽しみもあるというのは、やりがいがあります。

②作品が完成しない。

お庭は一度作って終わりではなく、水やりをして、芽吹かせ、花を咲かせるという段階を踏みます。丁寧に植物と向き合って、対話することで、環境はより良くなります。どんどんお庭が成長していき、一度作って終わりの既製品と違って環境によっても、手入れの仕方によっても、何を組み合わせて植えるかによっても個性が出てきます。それがとてもクリエイティブだし面白いと思いました。

③場づくりのコンセプトを補う。

場づくりをしていると、ソフトとハードのギャップに直面することがあります。つまり、コミュニティとして、寛容で気軽にふらっと立ち寄りやすい場を作っていきたいのに、周りが木やブロック塀に囲まれていては、ソフトとハードが不一致です。ランドスケープはどういう場にしていきたいかというコンセプトをはっきりとさせるためにも重要であると感じました。

 

これからもお庭はどんどん変化して行くことでしょう。

これからが楽しみです!

 

 

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ps.

雑草ボサボサ時代の庭はこちら(笑)

ina-tabi.hatenablog.com

 

建築士の方が見た庭作りの視点はこちら。

ina-tabi.hatenablog.com

今後のヒラヤマちべっとについて!(2018年4月末から)

東京都日野市「ヒラヤマちべっと」の管理人を4月末で卒業する件は、先日書いた通りだfacebookで投稿をシェアしたところ、「ヒラヤマちべっとが無くなるのはさびしい。」とたくさんの方々から、次々にコメントやメッセージをいただいた。

わざわざ大事な用事をキャンセルしてまで、会いに来てくださった方もいた。

それと同時に、自分を今まで支えてくださった地域の方々の存在の大きさを改めて実感した。そして、自分が旅に出ても、ヒラヤマちべっとという地域コミュニティは残すべきだと考えるようになった。

 

2018年4月15日の子ども食堂&大人食堂のイベントでは、地域の方々や関わりの深い方がたくさん集まった。3時間以上にわたり、ヒラヤマちべっとのこれからについて作戦会議をひらいた。

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そこで決まったことは、

「古民家という場はなくなっても、人の繋がりは残そう」

というものだった。

やはり、1年経ってみて感じるのは、古民家があるないにかかわらず、人の繋がりが確実に存在するということだ。

今後は、このヒラヤマちべっとでできた人の繋がりが継続するとともに、さらに発展することを願います。何をするかについて出たアイデアはこちら!!!

 

①管理人・イナムラの旅のSNS近況報告
みなさん知っている方も多いと思いますが、管理人・イナムラは「世界一周の旅」に向けて旅立ちます。いつ帰国するかわかりませんが、世界の地域コミュニティやパブリックスペースをとにかく手当たり次第見てきます。何と出会い、何を感じたのかを、定期的にみなさんとシェアさせてください。ブログを更新して、それをfacebookやLINEでもシェアする形です。第2のヒラチベに繋がる何かが見つかればと考えています。


②地区センターでゆるく集まる。

頻度はわかりませんがヒラヤマちべっとの看板イベントだった「一品一灯の会」のような集まりを、いつもお世話になっている大和田の皆さんなどを中心に、旭ヶ丘の地区センター等で開いてくださるようです。電波の状況が良いところで、ぼくもビデオ電話等で参加させてください(笑)

 

③場所にとらわれない企画が生まれる
既存の子ども食堂寺子屋、ヒノノコ、子どもの遊び場など、定期イベントを開いてくださっている団体は個別に近くの場所を見つけて、活動を継続してくれるみたいです。参加者は結構かぶるかもしれませんが、これらの団体の活動はひとまずヒラヤマちべっとという括りとは別の活動になります。ただ、4/29に寺子屋の続編として企画してくれた山登りのように、ヒラチベの中で生まれたこれやりたい!という企画は、どんどん個別にイベント化されていったらと感じています。

 

近々、旅に向けてのクラウドファンディングも今週中に公開予定だ。

いよいよヒラヤマちべっとも大きく方向転換するときが近づいていると実感する。

2018年4月15日の子ども食堂&大人食堂に参加できなかった方も、また今後のアイデアがあれば、ぜひお気軽にご連絡いただけたらと思う。

今後とも「ヒラヤマちべっと」をよろしくお願いいたします!

 

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コミュニティについて考えてみた!

コミュニティは、何らかの共通項を持った人々の集まりのことだろう。その共通項は地域なのか、何かのテーマなのか、目的に対して個々人が切磋琢磨していくものなのか。アニメおたくであるというニッチなコミュニティもあれば、日本人という広い括りのコミュニティもありうる。今回は、本当にコミュニティというものが存在するべきなのか?について考えてみたい。

 

そもそも、コミュニティという括りは歴史的に見ても多くの縛りを生んできた。村人総出で屋根の吹き替えを手伝わされたり、村人たちが必要な道路を整備したり、という感じだ。そこには、個人の自由よりも、コミュニティとしての所属が求められてきた。

 

大事なのは、信頼しあえる1対1の人間関係であって、コミュニティとしての人間関係は別物かもしれない。コミュニティというのは、形上うまく機能しているように見えるが、中には価値観が合う人もいれば、合わない人もいる。そこに我慢が生じる。仕事では上司と部下という縦関係や、立場というものが自分の素が出せない原因ともなる。地域の自治会も無理に存続しようとしてやりたいことを我慢してまでも参画する人がいる。つまり、ウソをつかなくてはいけない時がある。閉鎖的なコミュニティであればあるほど、そこに所属すれば我慢しなくてはいけなくなる。

 

そういう人が好むのが銭湯やバーであるときもある。特にコミュニケーションは取らないけど、人が集まっているところに行くと自分を解放したり、自由を得られるような感覚になる。解放的で、寛容で、でもドライな関係性が日常を豊かにするということだ。一種のユートピアが断続的に日常に組み込まれているというのが、大多数の社会人の現状だろう。

 

先日お会いした世田谷で場づくりをしている方の話がまさにリンクする。地域コミュニティに対して、しがらみは求めない。だから、排他的で濃ゆいつながりというのもなければ、寛容的で誰でも受け入れて何でもお世話してくれるみたいな神のようなコミュニティもない。あるのは、寛容的で誰でも入れるんだけど、しっぽり飲んで、たまに隣に座った人と軽く会話するというようなドライなコミュニティであると語っていた。それで、意気投合すればそこでの人間関係が続いて行くという感じ。他者に対して、濃ゆく干渉せずに、個人の裁量に委ねるというゆるいコミュニティが、世田谷という都会の目と鼻の先にある立地とマッチしたのかもしれない。僕が活動している日野市は、もう少しコミュニティとしてのドライさは少なく、どっぷり地域に浸かる人も多いようには思う。

 

それで、コミュニティとしてのドライな関係性を追求した先には、1対1の人間個人としての関係性がある。それで、本来であれば動き回れる「強い個人」というものがあれば、コミュニティなんてなくても自分で人間関係作って、自己実現できちゃってハッピーなんだと思う。でも、SNSというツールが広がり、人間関係作りやすくなった今でも、孤食、引きこもり、孤独死といった問題に直面するのは、個人的には日本人が個人で動くのに適していないからだと思う。いままで歴史的にも、藩や村単位で物事が取り決めされて来た土壌があって、コミュニティというものなくして、どう動いて良いかわからないというのが現状だと思う。

 

地域コミュニティというのは、身近で人間関係をつくる手助けをするというくらいのものなのではないか。こちらから何かを無理に提供することもなく、囲い込むこともなく、温泉の泡が湧き出てくるように自由になにかイベントやサークルやつながりができればよいはずだ。場所にとらわれたり、お金にとらわれたり、していては本当の信頼関係は築けない。出たり入ったり、流動性や自由が確保されるほうがいい。人付き合いで、無条件に贈与しあえる関係性をつくるのに、コミュニティが役立てばいいなと最近は感じている。暮らしの中に、友人づきあいのコミュニティを作ろうとすると独立採算が成り立たないのは、ここに所以があるのかもしれない。

 

 

 

 

参考メモ。

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参考文献。

gendai.ismedia.jp

ヒラヤマちべっと管理人卒業のお知らせ。

この度、急遽2018年4月末で、ヒラヤマちべっとの管理人を卒業することとなりました。

 

このことについて、しっかりと少しずつ皆さんにお伝えしていきたいと思います。

突然のことで、驚かれた方もいるとは思いますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

今までの僕は目の前のことに必死でした。

まずは、アルバイトを30個やめた大学生時代。

就職して組織の中で働くことに疑問を覚え、独立をすることに決めました。

(辞めすぎ。笑)

 

大学を卒業した2017年の4月。

ご縁あって、東京都日野市築150年の古民家「ヒラヤマちべっと」の立ち上げに関わり、管理人になりました。

古民家の開放的な空間を生かして、コミュニティの選択と居場所に悩んだ経験がある僕でも気軽に来れる場所を作りたいと考えました。

そこで、寛容で多様で刺激的な極めてオープンな特徴を持った、地域の人々が集うコミュニティを作りました。シェアハウス、イベントスペースなどの活動を通して、地域の核となるような場所を目指してきました。交流ある暮らしの場の実現によって、この場に365日交流が生まれ、地域にこういうのあったらいいな!という声が実現できる場所にしたいと考えました。

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地域の方、友人に見守られ、本当に本当に楽しい日々を過ごさせていただきました。

日野市という街が大好きになりました。

自分にとって、居場所と感じられる場所を持てたことは本当に嬉しかったです。

 

 

 

ある時は、新卒の社員が平均的にもらうくらいの収益が出ていたので、経済的にもこれはいけるんじゃないか!と思っていました。

第2、第3のヒラヤマちべっとを作ることまで考えていました。

 

でも、今年の3月になって考えは変わりました。

やはり、経営を安定させるというのはとても難しいことです。

貯金残高は1万円をきり、そろそろやばいなと思い始めました。

 

 

今回は、2回目の起業でしたが、世の中甘くはありません。(貯金が1万円をきってからどう這い上がろうかとむしろワクワク感が勝っていましたが。。笑)

※1回目は大学3年時の途上国の商品を日本で販売する事業。

合同会社wip-tyを設立して、途上国の商品をイベントやネットショップで販売したことがありました。

 

 

ここで、主な収益源について整理してみます。

 

①イベントスペースの場所代(参加費の半分または2000円/H)

お試しのイベントなどの場合、当日徴収した参加費の半額をもらう成功報酬型で行いました。これには、場所をレンタルするだけでなく、イベント企画サポート、広報集客サポート、当日の運営補助などのサポート込みで行なっていました。一品一灯の会、寺子屋子ども食堂、子どもの遊び場、映画上映会など主に地域の方がやりたい!こういうのあったら面白そう!という声に応えていくイメージです。定期的に開催されるものと、単発的に開催されるものがあります。

その他の収益性がある、もしくは、集客力があるイベントは2000円/Hで受け入れました。キッチンやゴミ捨てにオプション料金が加算される方式です。こちらは外部の集客サイトに頼りました。主に写真・映画・ビデオ撮影などの利用が多かったです。

②シェアハウスの家賃(35000円×3室)

基本的には、地域の方が企画するイベントに興味がある、もしくは、自分がイベントを企画したいという方に住んでいただきました。部屋が空いていた時は、イベントからの流れで宿泊客の受け入れや、荷物置き場、写真撮影などに使っていただきました。

 

その他、畑の貸し出し、お土産販売、駐車場の貸し出し、週末のみ使えるサロンとしての場所貸し、など色々な事業を試してみました。基本的には、場所や地域資源から逆算して様々な試しうるものをやったという感じです。

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以上のことからわかるように、何でもかんでもやるごちゃ混ぜさは、一見カオスでクリエイティブな空間を生み出しました。例えば、シェアハウスで地域の方が集うイベントが行われ、しかも外国人観光客が泊まりに来ているという感じです。予想外の交流ができるという刺激を生みました。この手の場づくりは、発展性や成長性ではなく、なんか来てよかったねというゆるゆる楽しい環境を地域的に生み出す文脈では役に立ちました。そして、人の出入りが多いので、特定の人が集うわけではなく、いわゆる飽きないコミュニティにはできたと思います。一方で、間口が広いので価値観が合わない人同士の関係をどう調整するのか、日常の中の必要不可欠な場という位置付けをどう作るのかという点が大きな課題としてありました。

 

資金が枯渇した要因としては、安定した収入源の問題です。シェアハウスは、3室埋まれば当然定期的な収入になりますが、1室も埋まらないことも当然あります。また、イベントも多い月があれば少ない月もあります。完全に広く浅い集客で、どこまで押し通せるかといういっぱいいっぱいの状況でした。大規模な初期投資が最初にできれば、環境整備に力を入れられて押し通すという発想にもしかしたらならなかったかもしれませんが。

 

 

僕は資金が枯渇した時点で2つの選択肢がありました。

資金調達をするか、事業を止めるかの2択です。

ビジネスモデルの性質上、ソーシャル色が強く年輪のように小さく仕掛けるようなモデルです。投資家や金融機関が好んで投資するような急成長するビジネスモデルではありません。資金調達は必然的に公の補助金助成金か、寄付か、クラウドファンディングとかそのあたりです。

 

このような資金調達方法は、今回に関してはあまり適しているとは思えませんでした。寄付とか、助成金とか、途切れたら終わりのもので、ランニングの資金を補うということをしたくはなかったのです。

しかも、事業内容に制約が生じてしまうため、望むところではありませんでした。やはり個人的には自由と創造という2つの価値観がとても強いのと、地域にとってもその方がより良い場づくりができると感じるようになりました。

 

それに加えて、様々な課題感から、もう一度やりたいことを整理し直したいという気持ちも強くなりました。

ありきたりなものの組み合わせでは、自由な発想は生まれません。

自分の頭が「仕組み化」を追い求めて、柔軟な発想が出てこないことに危機感を覚えました。感性を抑圧して、情報を探す日々が続きました。

本当にやりたいことを見つめ直すためにも、白紙に戻したいと考えました。

 

そこで、管理人を4月末で卒業することにしました。

現在5月以降の活用については、すみつなぎや大家さん含め、調整中でどうなるか未定です。

 

 

そして、僕は今後どうするのかということについて。

世界の圧倒的に面白いコミュニティを見て回り、暮らし、体感する旅に出ようと考えました。

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転機は、昨年の11月19日に石川県金沢市のシェア金沢という社会福祉法人が運営する地域コミュニティを訪れた時のことです。

Share金沢[シェア金沢]

ある社長さんと飲みに行ったのですが、頭でごちゃごちゃ考え過ぎていて、仕組み化に走り過ぎているとアドバイスいただきました。

「本当に面白いものが作りたいんだったら、今の若いうちに世界中を旅してこい!」

と言われたのです。

自分探しの旅は何も得られそうだなと以前から思っており、内心納得しませんでした。

 

 

しかし、先日3月10日に同じ方ともう一度お会いしたのですが、

「まーだ、旅に出てなかったんか!早く行ってこい!」

と言われました。

昨年の11月に言われたことと全く同じことを言われたので、

さすがに、色々質問して深く考えました。

人生長いスパンで考えてみたときに、今のうちに圧倒的な感動体験とか、自分のやりたいことについて見つめ直さないと後々苦労するということがなんとなく見えてきました。

とにかく意味わかんないくらい面白くて楽しいものが創りたいのです!

でも、今のまま進めば、どうしたら赤字にならなくてうまく仕組み化できるかとか、どれとどれをうまく組み合わせればうまくいくかとか、そういう情報的なものに埋れ過ぎていて、予定調和以外の何物でもありません。

 

このような経緯から、僕は今年の5月から旅に出ることにしました

まずは、日本各地に数週間滞在してから、中国に渡ります。

雲南省のとある民族のコミュニティにとても関心があり、まずはそこを目指します。

圧倒的に感動するものと出会い、本当に大事なものと向き合う時間をつくります。旅の間は、SNSを更新せず、外部との接触を最小限にするつもりです。

 

いつに帰って来るかわかりません。

本当に大事なものにぶち当たり、今こそ帰国の時だというときに帰国するつもりです。

旅から帰ってきたら、僕が管理人をやったヒラヤマちべっとという思い入れの深い地で、報告会を開かせてください。

(要相談ですが)

どんなものを見て聞いて感じたかをみなさんとシェアして、持続可能なコミュニティについてみなさんと考えていきたいです!

 

これからのヒラヤマちべっとに期待してくださっていた皆さん申し訳ありません。

古民家の管理人になるきっかけを与えてくれたすみつなぎの皆さん。

日野市都市計画課の皆さん。

日野市地域協働課の皆さん。

一品一頭でコラボしてくれた方々や多摩ブランド国際推進委員会の皆さん。

寺子屋の皆さん。

子ども食堂を開いてくれたc-plantの皆さん。

子どもの遊び場の皆さん。

シェアハウスの住人の皆さん。

地域の方々。

未熟な管理人の僕を支えてくださり、本当にありがとうございました。

これからも、平山という地域や日野市にはなんらかの形で関われたら嬉しいです。

少し僕に考える時間をいただけたら幸いです。

 

 

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〒191-0055
東京都日野市西平山4丁目18-12
築150年の古民家「ヒラヤマちべっと」
(連絡先:info.kiteminka@gmail.com)

ヒラヤマちべっと - ホーム | Facebook

 

 

 

 

コミュニティデザインと考現学について。

考現学が面白いので、そのことについて書いてみることにした。

 

考現学とは、現代の人々の行為から建築や都市のあるべき姿を導き出すという考え方で、1920年代に今和次郎が提唱した考え方である。

例えば、人々の着る服、靴、民家で使われている道具、耕している畑、人々の表情の傾向、ヒゲの形など何でもかんでも一切調べ上げて、その傾向をつかもうとするのである。

 

touron.aij.or.jp

 

これは手間がかかる上にサンプル数が少なくなってしまう。しかしながら、今日のテクノロジーの発展によりデータ解析などが進み、再び脚光を浴びるであろう学問と言える。

しかも、ハードのものを作る時代から、ソフトの人とものとの関係性が見直されている時代において、形式主義的でないこのような学問がどんどん発展していくことは望ましい。

考現学は、可能性に溢れている。

 

 

個人的にはこの考現学の考え方が好きで、

・古民家は伝統をただ保存するのではなく、現代的に住みやすいようにリフォームして使えばいいと言う視点

・コミュ二ティのデザインから発想して、人の心に寄り添う空間がデザインされるべきと考えている視点

が共通していると感じている。

一方で、美しさに対する追求は自分は持っているが、今和次郎はあえて追求していない点は共通でないと感じる。ただ、概ね自分と価値観が似ていると感じた。

 

今和次郎はもともと美術から建築に進んだ人で、

ユニークな着眼点描写力によってこの学問が成立したところがある。

何年間も旅を行い、日本全国の村の暮らしについて記録を残していった。

山村、漁村、農村それぞれに人々の気質や生活感があって、民家や都市の形にうまく反映されていることを示していった。5年間の旅の中で何を得たのだろうか。

 

この調査のビジョンは、2点あった。

それは、都市と農村の予定調和と、生活と器の一体であった。

 

①都市と農村の予定調和

大正期の庶民は、イギリスの田園思想の影響もあり、田舎要素を都市に取り入れようという考えがあった。また、郊外に行く庶民にとって田園都市は新開地への心の支えとなっていたようである。つまり、都市と田舎を連続性のあるものとして捉えようという調査でもあった。

のちに、時代の流れから関東大震災後の都市への傾倒を行い、民家研究のニヒル感を脱したと言われる。これにより、①の視点はなくなったと言われる。

 

②生活と器の一体

生活とは民俗学、器とは建築学のことである。民俗学柳田國男が先駆的で、村の歴史や民話の採集を通して、人々の生活や信仰について迫った。一方で、今和次郎建築学の観点から、家のスケッチと間取りの採集を通して、民家という器と、中身の生活の一体化を図った。観察対象は、民家とその周辺環境という点で同じだった。しかし、今和次郎の研究は、民俗学から見れば生活の部分が足りないと言われた。一方で、建築学は学問として「美」と「歴史」に収束していった。つまり、鑑賞の対象か、建築史研究の対象としてみるようになってしまった。その結果、今和次郎考現学は一旦脚光を浴びなくなった。

 

このように、考現学シュリンクしてしまったが、今再び問い直されようとしていると感じる。なぜなら、ものを作る時代から、人とものとの関係を問い直す時代が来ているからだ。まさに、②の生活と器の一体が今の時代に求められているのではなかろうか。今和次郎自身、変わらなかったのは「自然や文明のかけら」で家を作っていくということだったようだ。まさに周辺の環境から生活が成り立ち、家ができるということを生き様が教えてくれる。

 

自分としても、コミュニティのデザインの視点で旅を行う時のヒントが見つかった。

その土地の気候や風土に根ざした暮らしのなかで人と家に関する情景を、とことんスケッチや写真で記録を残してみても面白い。

そこに、建物が人と人とをつなぐ必然性のようなものが存在するし、日常の中に交流する場の必要性があるのかもしれない。そんな風にして考現学に向き合ってみたい。

 

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今和次郎 著「日本の民家」より。

 

 

コミュニティデザインとの関わり方

 

コミュニティのデザインとの関わり度合いを考えてみたところ、3段階が存在するのではないか、という仮説が立てられた。中心に行けば行くほど、公益性とコミュニティデザイン性が高まると考えていいかもしれない。

 

Aコミュニティのデザイン

これは、コミュニティデザイナーとして、コミュニティのデザインにがっつりと専門的に関わることができる仕事である。ただし、公からの仕事の依頼となるため、内容的には自由度が低くなる。

 

B周辺の職能

これは、コミュニティが存在しうるオフラインの場所に関する職能である。

例えば、建築士、不動産屋、不動産鑑定士土地家屋調査士ランドスケープデザイナー、庭師、インテリアデザイナー、家具職人、などである。土地や建物、公園などのハードに関わる仕事である。さまざまなコミュニティをハードのデザインと一括で提供できるので、きちんと仕事として自由度をもってお金の回る仕組みも作りやすい。コミュニティ量産型の働き方ができる。

 

Cプレイヤーとしての職能

塾講師、カフェオーナー、アーティストなどのコミュニティの中で何をするかという領域で活動する人もいる。完全にコミュニティデザイナーとの兼業はできない立ち位置で、自分の城をもってコミュニティを作る発想である。ここを無理にコミュニティデザインに引っ張りこもうとすると、何がやりたいのかわからない人になる。

 

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コミュ二ティデザインとお金の話

コミュニティのデザインをする上でお金についてどう考えるか。

すごく大事だと最近感じるので書き残しておく。

 

まず、大きく分けて場づくりには2パターンのお金の回し方がある。

1つ目が独立採算、2つ目が公の補助金助成金に頼るという方法だ。

 

独立採算のメリット(補助金助成金のデメリット)は自由度だ。

ぶっ飛んだことやっても、がっつり儲けても、形上は問題ない。あとは、行政からの補助金助成金が途絶えても、上手く回る仕組みがあれば継続してコミュニティ運営が可能になる。人口減少社会で、自治体の税収が減る中で、独立採算のコミュニティが増えて行くことはある意味では望ましいだろう。

 

独立採算のデメリット(補助金助成金のメリット)はハードルの高さだ。

結局ソーシャルな感じのことをやろうとするとお金が回りにくいので、公の補助金助成金に頼りがちになる。世の中のコミュニティデザイナーと呼ばれる人々は、収入の8割が公からのお金だと聞いたことがある。公の仕事に対して、効率的に予算配分して、ソフトの部分をマネジメントしますというのが今のコミュニティデザインの現状である。公が担えないところを担うという意味合いを考えれば、あえて独立採算にしないというのも当然だと捉えることもできる。

 

コミュニティをどういうスタンスで作るのかが大事だと思ったので、コミュニティについて分類してみることにした。コミュニティを作るとしたら、5パターンあるなと思って、名前をつけてみた。他にも分類があればぜひ教えて欲しい。

 

 

①パブリック型(補助金助成金

完全にお金は行政に頼りきって、行政ができない予算の効率配分やソフトのマネジメントなどを担い、コミュニティづくりを行う。いわゆるコミュニティデザイナーとしてやっていく。仕事に対するエッジは効かせにくいが、コミュニティに対して十分に向き合える。または、NPOのような形で、プレイヤーとして公からお金をもらうかたち。補助金助成金、業務委託などを引き受ける。

 

②職能+α型(独立採算)

内装屋、建築士、不動産屋、インテリアデザイナーランドスケープデザイナー、などの場に関わる仕事を収入源とする。または、料理人、塾講師、看護師などの場を持ったほうが上手くいくであろう仕事を収入源とする。その仕事の窓口や拠点などの意味合いでコミュニティを運営する。相談室型のオンラインサロンもこの分類に入る。

不動産屋を例にとってみる。シェアハウスのコミュニティは一人抜けた時のリスクが大きく赤字の危険性がある。不動産売買のノウハウを生かして、大家を募集して不動産投資物件として売却益を狙ってからのサブリースというのが一般的だ。新築またはリフォームしたものを売って、利益を上げるパターンだ。

 

③有名人型(独立採算)

ホリエモンダルビッシュがやっているような有名人型オンラインサロンがここに当たる。有名人のやっていることに共感する人々が、何かを学び取ったり、つながったりする場としてのコミュニティである。

 

④支援型(独立採算)

大企業の社長などの資産家が社会問題の支援として、財団のようなコミュニティをつくる。ソフトバンクの孫さんが作った「孫正義育英財団」、コロプラの馬場さんがつくった「クマ財団」などが筆頭である。

 

⑤趣味創出型(独立採算)

本業があって、オフ会的な集まり。そこに、月額の会費制度がついてくることで、参加したい!企画したい!という能動的な動きが出てくる。趣味型のオンラインサロンや趣味のサークルなどがこれに当たる。とても手間がかかるのと、顧客のパイの勝負になってくるので、もともとの基盤がないとかなりきつい戦いになりそう。作り手が増えればパイは増えるが、1人当たりの収益は減るものだ。水平展開にも、労力がかかりそうなモデルだ。イベントスペースもこのモデルに近い。ただ、利益を上げるとなると、コミュニティとしての文脈ではなく、単なるスペースという文脈になるだろう。つまり、「地域の人がわいわい参加できるような気軽なイベントのために場所を貸します。」というよりかは、「個人や団体に対して場所を貸します。」というドライな感じになる。コミュニティのデザインとはまた違った感じになるのでそこの線引きが必要だ。

 

 

さて、顧客セグメントとお金についてのグラフを作ったので、見ていただきたい。

縦軸は顧客のお金を持っている度合いで、横軸はコミュニティ運営者が行政にランニングの収益をどれだけ頼るかの度合いを示している。

このグラフを使って、①〜⑤のコミュニティ運営者の心理をシミュレーションしてみたい。

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まず、Dコミュニティの独立採算を目指すが、お金を持っていないターゲット層をねらって作り込みをしたところ、結局Cコミュニティに流れるパターン。

⑤の趣味創出型は心が折れて、パブリック思考になり②のコミュニティデザイナー型に流れてしまうということもあるかもしれない。そもそも貧困層や社会的弱者をターゲットとしているのに、独立採算の方向性で間違った作り込みしていたということも稀にあるだろう。

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次に、Dコミュニティが稼げなくて、Aコミュニティを目指すこともある。無理やりカフェとか、学習塾とか、学童とか、BtoB事業とか稼げそうなものを組み合わせようとして失敗するパターンだ。本来やりたくもないことをやろうとするのもよくない(もちろんやりたいことならやるべきだと思う)。ポジションを取ったら貫くか、事業をたたむ選択肢になる。Dコミュニティは、とりわけ⑤趣味創出型は相当な覚悟が必要で、後戻りできなくなる。④支援型の場合は、比較的容易にポジションを安定させられるだろう。

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また、こんな場合もあるかもしれない。助成金とか補助金もらっていて稼ぎすぎだ!と非難されて、BからAに移動するということだ。

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色々なコミュニティの分類と、さまざまな方針転換パターンについてみてきた。これらはコミュニティについて完全に網羅しているわけではないだろう。ただ、言えることとしては、これらの考え方の根底にはお金が回るか回らないかという発想がある。寄付とか、クラウドファンディングとか、不安定で一過性な側面があるものに頼ればまた結果は違うであろう。それはそれで、かなり厳しい側面がある。

 

ひとまず、僕が考えたのは、コミュニティのデザインとは、独立採算を貫くには20代、30代でしっかりとした仕事を持ってからのほうが参入しやすいということだ。政治家になりたいとか、作家になりたいとか、講演家になりたいとか言うのと一緒で、後から付いてくるのがコミュニティをデザインするという仕事なのかもしれない。そうでないならば、行政のお金に頼りながらもコミュニティデザイナーとしての道を貫くしかない。そんな風に思えてきたのが、最近の学びである。