稲村行真の旅してみんか

旅をしながら建築とデザインを探求しています。

【143日目】島根県出雲市にて!建築の世界を垣間見た記録〜知らない世界に一歩踏み出してみた〜

いつも自転車に乗っている。

田んぼの中を颯爽と走る。

秋の季節だから、田んぼの稲がまぶしく実る。

そこに紅の屋根の古民家が差し色を添える。

神々が集う場所でもあり山々は人が及ばないほどの威厳がある。

黄色、紅色、紫色、そんな色がよく似合う土地だ。

出雲の風は、暖かく心地よい。

頬を撫でるように僕を包み込んで通り過ぎて行く。

車輪をこぐ足取りは楽譜の上をリズミカルに

飛び跳ねるように快調。

さてこれからどこに行こうか。

 

僕にとって出雲は決意の場所だった。

前半と後半で見る景色が全く異なり、

どこか嘘みたいに景色が晴れ渡った。

その心情の変化と多くの学びについて、

書き綴っておきたいとおもい、

ブログの画面を久しぶりに開いてみた。

 

僕が9月1日からインターンシップをしているのは、

「江角アトリエ」という一級建築士事務所だ。

僕にとって、建築は未知の学問であり全くわからない領域だった。

最初の一週間は、自分がなぜ建築をやらねばならなかったのか?

という自問自答から始まった。

建築の大学を出たとか、学んでいるとか、そういう人しかいない現場だ。

いきなり建築を学んだことのない自分がこの世界に飛び込むとはどういうことか。

自分の根源にある理由を再度見つめ直し、

チャンスの後ろ髪はないことをわからせることが、

僕が建築という世界に生まれた最初の仕事だった。

 

 

9月3日「たたき」の作業

*「たたき」とはコンクリートで作った土間のことである。門の前後の土を掘り返し、掘り返した土をふるいにかけ石を取り除く。サラサラになった土に石灰を1対2の割合で加え、にがりを少々加えて混ぜる。水を加えて、団子ができるまで硬くなったら、あらかじめ掘っておいたところに少しずつ生成物を撒いていく。その上から、タコという木製の道具、またはたたき板とハンマーを用いて、固めていく。最後に小さな石を飾りとして撒いて、1ヶ月ほど待てば完成だ。

*どの程度の分量を作れば、きちんと人が通れるように水平に仕上がるかという「想像スル」視点や、どの程度の固まり具合になるまで水を入れるかという的確さとか、男が重い道具で固めて女が土を振り分けるという分業的な視点とか単純でも追求すれば奥が深い作業である。総じて体力が必要な作業だ。おもしろかった。

ところで、僕は最近自分の体の動かし方がハトのようだと感じることがある。どういうことかというと、草取りや掃除をしていると顕著なのだが、立ったり座ったりする動作が多いと動きが滑らかでないと感じる。例えば、ものを掴んで、それを的確な場所におくということがとても疲れるので、掴んだものを放り投げたくなるという性質である。仕事に慣れていないと、ハトのような動きが多くなる。このことから、つい最近まである仮説を立てていた。一般的に「体力がある」と言われる人々は、「体を動かしていても疲れないけど体の動かし方の効率が良くない棒人間」と、「体を動かしていたら疲れるけど体の動かし方が効率の良い枝人間」という性質が存在していて、自分は前者だと考えていた。しかし、この時は不思議とハトにも増して、滑らかな動きができたと思う。なぜだか非常に不思議だったが、自分の性質とは微々たるもので、その業務に対するモチベーションによる振れ幅がかなり大きいという結果にいきついた。たたきは自分にとって非常に面白いものに映っていたようだ。これは自分にとって大きな発見であり、アルキメデスが入浴中に「浮体の原理」を発見してエウレイカー!!!と叫んでフルチンで宮殿を走り回ったかのごとく大きな衝撃を受けた。よくよく考えてみれば、人々が当たり前で単純で白黒つけてしまいがちな物事や単純作業の裏側に、誰もが気づいていない大きな盲点があることを僕は人一倍噛み締めながら生きていきたいと改めて決意をした。

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9月4日「障子張り」の作業

*障子張りは、古い障子を水を含ませた雑巾で柔らかくしながら、障子の骨の部分(桟や組子)に残りカスがつかないように剥ぎ取る。水がついて湿気っているので、半日乾かす。そのあと完全に乾いたのが確認できてから、障子の骨の部分(桟や組子)に障子用ののりをつけて、まだ切っていない障子紙をその上からかぶせる。完全に乾いてから、ハサミやカッターではみ出し部分を切り取って微調整し、完成する。

*これは比較的簡単な作業だが、例えばのりがはみ出た状態で乾かしてしまって、上部と下部で紙の張り付き具合が変わり、切りたかった部分が切れなくてもどかしいみたいなことが発生する。また、ノリをべったりくっつけすぎると、乾いてからもノリが張り付いているのが見え見えで美しくない。その加減が難しいところである。

僕は古民家に住んでいたので障子の張り替えはお手のものだ。こういうところで、建築の世界と、自分の今までやってきた古民家の活動のつながりを感じることで、今まで自分が経験してきたことがとても意義深く感じることができるのである。最近気付いたのだが、目の前の仕事に対して人は時に異なる捉え方をする。「想像スル」ことで自分の仕事を開拓していくコロンブスのような勇気ある挑戦者と、今まで積み重ねた50の経験の上に50の経験を上乗せするように着実に仕事の歩みを進め、山の頂上まで1km近づいたぞー!などと声を張り上げる積み木人間がいると思う。僕は多分今までの人生をフル活用しないと気が済まない後者の人間である。僕はこのことを考える時、前者をレディガガ、後者を秦基博などと音楽の好みに例えて考えることを何よりの楽しみにしているのだが、まあこのような分類論はあてにならないことの方が多い。最近気付いたことがもう1つあって、目の前の人間は唯一無二で本当に掛け替えのない存在で、喧嘩するとか笑い合うとか全力で向き合うことで深く理解し合えて、瞬時に人の本質を読もうとする大局観とは無縁の世界があることこそ、自然を生きている動物に重ね合わせ、涙が止まらないほどに美しいことだと感じるのだ。

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基本毎日「模型作りの作業

*模型作りは、図面を見てそれを工作して立体的に作り、展示会やお客さんの前で見てもらうための作業である。家の構造などはスチレンボードや木の板を用い、中に配置する家具や人などは画用紙を用いてまず部品を作る。設計図を見てもわからない家具の扉の有無などは実際の写真などを確認して作る。作ったものは、ノリや木工用ボンドで貼り合わせて完成だ。シンガポールの大学では、こういう作業は3Dプリンターなどで代用してしまうと聞いたことがあるが、現状日本ではこの模型作りという作業が大多数の建築学生の当たり前となっている。これは本当に意味あることか?個人的にはまだ疑問が残る。

*基本的にものすごく細かい作業で、小さな1ミリ単位の狂いも許されない。それが一日中なのでかなり集中力が必要である。なおかつ、指先の器用さと丁寧さと正確さが求められる。建築家が真面目と言われるのはこの工程が必要であるがゆえで、常にこの建物は機能するのか?という視点で全ての作業を見つめている。これが絵描きや小説との違いで、ある決まりや制約のもと現実世界の利用者に対して作品を長年使ってもらうという「責任」を感じながら仕事をするのである。とはいえ、作品を作るという意味ではその他の芸術となんら変わりなく、黙々と目の前の制作に集中するという側面を持つ。お客さんに対して使用イメージをきちんと持ってもらうために必要なのがこの模型作りという作業である。お客さんが使用感について疑問を持ちそうなところはどこかについて想像するということも必要な仕事である。

 僕は自分のことを大雑把な人間だと考えていたので、この作業に適応できるのかいささか不安であった。しかし、なにかを始めると良くも悪くも周りが見えなくなるほどに集中できるので、その点では自信があった。直径数ミリほどの人間をハサミで切り出して、ピンセットで持って足の裏側にノリをつけて、建物の中に立たせるというのがとても難しかった。しかし、次第に慣れてきて例えばノリの量がほんの少し多いなとか、ほんの少し少ないなとかそういう加減がわかってきてからはうまく作ることができるようになってきた。たまにプロフェッショナル仕事の流儀とかを見るのだが、自分のプロフェッショナルな技能に関して大雑把な人はこの番組に出てこない。とことん追い込んで、すんなり行った時は逆に壊すとか疑うというくらいの心持ちでいる人の方が、良いものが作れる気がする。大雑把な性格は、とことん集中するべき時に集中できるという裏側の側面もあるのかもしれない。まあ結局やるかやらないかの世界でしっかりとやることを意識すればしっかりとできるものだと思う。さて、私達の生きる世界を作った最初の人物は、この模型作りで人や建物を配置するかのように、世界に必要であろうものを想像して配置していったのだろうか。何回も壊して、イメージを丁寧に正確に膨らませていったのだろうか。もしそうであるならば、この現実世界の「模型」とやらを見てみたい。世界という箱を利用する私たちにとっての「最も有効な箱の使い方」を知っているのかもしれない。

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9月10日〜14日「設計図面づくり」

*設計図面を作るには、まず現地の現状を確認する。周りの土地利用で隣に家があるとか、田んぼがあるとか、崖があるとか、近くの民家のペットの鳴き声が聞こえるとか、肌感をまず掴んでおく。それから、住み手の希望条件を確認してコンセプトを決めて、土地に対して適応する形と面積の家を考える。それを図面におこしていく作業だ。上から建物を見たときの内部を表す平面図、建物の外観のデザインを表す立面図、見やすい部分で切断したときの内部状況を表す断面図といった主に3種類の図面を作る。イラストや色鉛筆などを用いてわかりやすくする時もある。

*まずどういうコンセプトにすればハッピーかを考えるという企画の側面が強い。シンプルなコンセプトから逆算して、面白い発想が広がっていくという無から有を生む仕事なのだ。建築の知識とか経験をフル動員して、細部まで自分の手で家を考えるからとても難しいし、センスがいる仕事である。

僕はもともと建築の知識が少ないので無から有を生み出すことに苦労した。しかし、この設計図面づくりが全ての業務のうち最もワクワクした。これこそが僕のやりたいことであると感じ、本当に僕は建築の世界に行くべきかという多くの迷いを消し去ってくれた。それは何もないところに何かを生み出すということであった。やはり、自分の力点は「個性の発揮」ということにあると感じた。自分で作品を作って、皆の作品と比較して百花繚乱のプランを眺めていると、自分が世の中に生きる意味が見出せ、自分に血が通っていることを再確認できるのである。ただ、まだ設計を身につけるには足りないものが多すぎてこまる。自分のプランは環境適合性が足りないと言われたが、そういう1つ1つの学びに丁寧に向き合っていこうと感じた。まず何から始めたらいいかもわからないので、色々な人に聞いた結果、すでにあるものを真似ることの重要性に行き着いた。既存の建物のデザインを絵にしてみたり、図面を真似して描いてみたり、家具を利用している時は寸法を測ってみたり、そういう既存の創作物をよく観察して、自分の中に取り込んで行く作業が必要だと感じた。

僕は真似るという行為について、「組織の中で均一化されながら習得するもの」と「自分の中で主体的に取り入れて習得するもの」があると考えていて、前者はコンビニ、後者は絵画のグループをイメージすることが多い。本当は、後者の学びをしたいのだけれども、前者の学びが意外と役に立つ時もあるし別に過剰に避ける必要もないと最近考えるようにもなってきた。何れにしても、真似るのは自分にとって今ものすごく必要なことであるという意識が高まってきて、どこかで修行したい!という想いが衝動として湧き上がることも多い。

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まとめることもできないが。

建築は僕にとって古民家の延長線上にあるものだ。大学2年生以来、古民家鑑定士とか、古民家冒険家とか言って、古民家に住んで向き合った先に、木造とかの有機的な建物に対する探究心が湧き上がり、やはり建物について知りたいし深めたい!ということで今に至っている。自分が向かう先にあるものも少し見えていて、それに繋がるのは建築とも言える(空間デザイン〜建築士とかどのポジションを取るか考え中)。そういう必然性を感じ続けながら、知らない世界にまず一歩踏み入れてみた。建築界から見たら赤ちゃんのような僕に対して、丁寧に接してくれている事務所の皆さんや同じインターン生に本当に感謝したい。僕が今踏み出せるのは、暖かく迎え入れてくれている人々のおかげであることは最も強調すべき点である。

決めつけることもせず、多くの可能性を探りながらも、ひとまず一歩踏み出してみたのは自分の中では大きな一歩であった。なんだかんだ言って、職業に向いている向いてないとかそういうものは何もなくて、得意も得意じゃないもなくて、やるかやらないかで自分なりに方向が定まっていくという一面もあるなと。何もないところに対してあれこれ議論しても何も生まれないというかなにも喋りようがない空っぽの議論、何か議題があるところに対してあれこれ話してみて見えてくる収穫ある議論だったら後者が良い。さて、次なる大きな一歩はなんであろうか。今思索中だ。

 

ps.

ところで今日、出雲の神戸川を歩いていた時ふと絵を描きたくなった。

衝動で手元にあったスケッチブックに書きなぐってみたらこんなことになった。

大きな川と、川べりの草達、赤い屋根、田んぼ、周りを取り囲む山達。

朝見たトキのくちばしが妙に忘れられなくて、こんな生き物が誕生した。

これらの自然物は「縁」によってつながり、紡ぎ出されているのだ。

絵を描くことを通して感情を吐き出すという行為をこれからも大事にしていきたい。

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【127日目】京都最終日!どうしても見たかった琳派のデザインに触れて、今後の活動のヒントを得た!

最近江戸時代の絵画グループの「琳派」に触れる機会があってので、

そのことについて書きます。

琳派?????

はてなマークがつく方もいらっしゃると思いますが、

江戸時代の狩野派、土佐派に並ぶ3大グループの1つです。

日本史の教科書には、俵屋宗達の『風神雷神図屏風』という絵画が掲載されていますが、これも琳派です。

調べていくうちに、驚きの事実がたくさん見つかったので、

ぜひシェアさせていただきたいと思い書きました。

 特に芸術系の方には読んでいただけたら幸いです。

 

 

琳派とは?

主に江戸時代に活躍した絵画の流派の1つ。

俵屋宗達本阿弥光悦が創始し、尾形光琳・乾山、酒井抱一らによって発展した。

江戸時代の初期、元禄中期、文化・文政の後期と3段階で盛り上がりを見せたのち、技法は明治時代の他の流派に引き継がれていった。

 

 

特徴は、

①世界のデザインは琳派に由来!?実は黒幕的存在。

琳派のデザインに最も影響を受けた海外の人物の一人として、グスタフ・クリムトがよくあげられる。また、琳派から変化した浮世絵はゴッホルノワールセザンヌなどの印象派に大きな影響を及ぼした。琳派の美学はいまや浮世絵にとどまらず、日本画、小袖などの衣装、茶道などの思想といった芸術全体の共通認識を支える存在となっている。いわば文化伝播の大元の一つだと考えられている。これは、琳派が芸術分野横断型のコラボレーション(例えば書道×絵画で作品を作るとか)によって発展したからであること、または庶民目線で発展したことが要因だと考えているが、まだ詳しい分析が必要なところだ。現代の「クールジャパン」という価値観や、アニメや漫画の「カワイイ」という美学も琳派にたどり着くという人もいる。まさに現代の芸術や文化の大きな原点とも言える琳派について詳しく見ていきたい。 

 

②デザインの発想の幅がめちゃ広い

絵画を中心としながらも、屏風、襖絵などのインテリアから扇絵から陶芸蒔絵、着物小袖まで「生活美術」をメインにしたため、デザイン性が豊か。日本のダヴィンチと呼ばれた本阿弥光悦の能力がそのまま流派の特徴として現れている。背景に金銀箔を用い、大胆な構図や壁紙、たらしこみ技法などが特徴。

 

③コミュニティと働き方に対して革命的な仕組みを持つ

琳派は基本的に家系での存続や、師匠と弟子という関係が存在しない。どういうことかというと、入門して絵を習うのではなく、先人の画風を見て自分で取り入れていくという独学による継承の仕方をとっている。これを「私淑(ししゅく)」の関係という。この証拠として、俵屋宗達だけでなく、尾形光琳酒井抱一もかの有名な「風神雷神図屏風」を描けたという。しかし、それぞれが少しずつ違っていて、自分のオリジナリティを大事にしたようだ。より自由度があり、個人の個性が生かされるこの流派は、技術の継承や発展のためのつながりを持ちつつも、お互いの距離感が保たれることで、個人が尊重されるようなコミュニティ形成につながった。まだまだ現代は縦関係でものを教える職人や絵画などのコミュニティ、広く括れば教育システムが存在していて、それはもちろんメリットもあるのだが、それらのデメリットの部分を取り除くためにこの「私淑」という考え方が生かせるかもしれない。狩野派、土佐派、琳派といった江戸時代の主要な絵画集団の中では、唯一家系での縦関係の継承をしていないのが、琳派と言えるだろう。 

 

8月31日京都。

時間ができたので、琳派関連の名所を観光してみた。

 琳派は、他の絵画のグループとの比較により、立ち位置が見えてくる。

とも思ったので、狩野派の襖絵がある西本願寺に立ち寄った。

早朝6:00に出向いたが、法要の日でなかったので、

狩野派の絵は公開していないらしく残念。。。

室町時代から江戸時代は、幕府の襖絵を描き続けた狩野派と、朝廷の襖絵を描き続けた土佐派という2つの絵画の流派が主流だった。

そんな中で、琳派は主に江戸時代に民衆に近いところから発生し、

民意の目線で発展を遂げたという特徴をまず押さえておく必要がある。

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琳派は、本阿弥光悦俵屋宗達の出会いから始まる。

宗達が下絵を描き、光悦が上から書を書いた。

その舞台が京都の金閣寺の北に位置する鷹ヶ峰という土地だった。

本阿弥光悦が57歳のときに芸術村を体現しようとした鷹ヶ峰

79歳でなくなるまで、20年あまり創作ざんまいの日々を過ごしたと言われる。

金工、陶工、蒔絵師、画家、筆屋、紙屋、織物屋、豪商、武士、公家、僧など広範な人々に呼びかけて、村の賑わいを作り出したと伝わる。

これは村づくりの手がかりがあるに違いない。

 

その本拠地となったのが、光悦寺(光悦村)と呼ばれる場所だ。

早速行ってみることにした。

美しい緑にかこまれた石畳が入口となっている。

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緑の絨毯は本当に美しい。

心が洗われた。

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途中から、村の境界に柵が出現する。

光悦垣と呼ばれる垣根だ。

とても美しい。

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こちらが、最奥にある本阿弥光悦がいたと言われる庵だ。

縁側に腰掛けて目を閉じると、風の音のみが残る。

自分の体が風に誘われて、心洗われる。

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光悦が作りたかった村は、まさに洗練された村だった。

とにかく美しさを徹底的に追求して作った最善の美がそこにあった。

ジブリの森のような自然のワクワク感と、

静けさが今はなき住人の生き様を思い起こさせた。

お堂に手を合わせた時、

自分が何か特別なものに対峙しているかのように感じ、

畏敬の念をどう表現すべきか自然と体に訴えかけていた。

 

ゆかりの寺をあと2つ訪れた。

こちらは源光庵。

「迷いの窓」と「悟りの窓」が有名なところで琳派とも関わりがある。

迷いの窓は四角くて、生、老、病、死の四苦八苦から人間の生涯を表現。

悟りの窓は丸くて、善と円通の心を表し、大宇宙を表現。

禅の境地が込められているという。

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こちらは常照寺。

本阿弥光悦が土地を寄進し、その子の光嵯(こうさ)の発願で、日蓮宗の寂照院日乾上人を招じて開創されたと言われる。

日乾上人に帰依した吉野太夫が寄進したとされる吉野門が美しい。

もみじと色合いがぴたりと合っていた。

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次に向かったのが、建仁寺だった。

建仁寺には、琳派に準ずる絵画が展示されている。

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この絵画はみなさん見覚えあるだろうか?

俵屋宗達の最高傑作「風神雷神図屏風」。

琳派の人々は、この風神雷神を皆描いたそうだ。

ただし、それぞれ少しずつ描き方に違いがあったらしい。

金箔でシンプルな背景と中心の三角の余白、左右非対称は大きな特徴としてあり、

雲のたらしこみ技法は共通の部分と言えるだろう。

たらしこみ技法とは、絵の具が乾かないうちに、他の色を垂らすことで2色が絶妙な加減で混ざること。簡単にいうと、芸術表現レベルの「にじみ」のことだ。)

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庭を見た瞬間、

あまりのすごさに息を飲んだ。

赤、黄、緑、色とりどりだ。

しかし、優しく押し付けがましくない。

僕の根底に眠っていた感性が奥底から研ぎ澄まされ、

これこそが自分の求めている、

自然から湧き出た美であると感じた。

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最後に見たのが、雲龍だった。

天をも切り裂くほど力強い龍は見る者を圧倒する。

日本画家の小泉淳氏の作品だ。

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琳派のデザイン性は、

私たちに大きなメッセージを残している。

既成の概念とか、

組織のルールとか、

縦社会などに縛られ逃れられないものもあるけど、

よりよく学び、よりよく表現する術を

必ず知っているはずだ。

鍵になるのは、コミュニティやコラボレーションと行った概念を

どう作っていくかだと思う。

基本的には目線を合わせた水平関係を築くことは大事だと思った。

そして、デザインの根底には全て自然(nature)が存在していて、

最も美しいものに到達する鍵を握っていると感じた。

 

 

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ps.「荘子」と「琳派の共通性」

日本の琳派の考え方は個人的には、中国の荘子の考え方である『老荘思想』に近い部分もあると思う。老荘思想の特徴は、何ものにも束縛されない絶対的な自由を求める。制度や罰則、管理や競争といった中央集権的な考え方を否定し、物事の美醜や善悪、好悪に本質的な違いはないとする。とても哲学的で小説家的な発想だとも思う。幸せは他人が定義するものではない。今東京の一極集中から、地方への流れが加速して、人口減っている地方をどうにかしなきゃという議論がおこっている現代において、各地方が自治の力を強めていくかまたは、自分たちの城を持ってコミュニティつくって、中央集権的な大きな力とは別の意思決定や経済を回す仕組みが必要になってきているはずだ。より最小単位で意思決定して、自由度と個人の最適性を高めていく考え方は今後必要だと思う。琳派にせよ、荘子にせよ、歴史は繰り返すと言うし、こういう歴史から学んでこれからの自分の活動のロジックを組み立てていくのは、とても有意義だと感じた。

 

 

 

 

 



 

【121日目】福井にて!千年未来工藝祭の運営スタッフをやる!

8月24~25日で京都のバイトが休みだったこともあり、

福井で開催されている工芸品のイベントのスタッフをやってきた!

 

イベントの名前は「千年未来工藝祭」。

www.craft1000mirai.jp

今まで千年受け継がれてきた伝統工芸品の

新しい千年を作っていこうという壮大な祭りだ。

千年続くであろう祭りの記念すべき第1回。

2018年8月25~26日で開催された。

ステージ責任者のとやまさんのお誘いで、

今回機材運び等のボランティアスタッフとして、

準備の24日、本番の25日のみ参加させていただいた。

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約100店舗もの作家さんのブースが立ち並ぶ。

1500年もの歴史を誇る「越前和紙」

700年もの歴史を誇る「越前打刃物」

江戸時代から伝わる「越前箪笥」

などが代表格だ。

 

こちらは、和紙で作った入れ物。

すぐ破れそうと思いきや、丈夫で柔らかいデザインが特徴的だ!

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こちらは、加賀でお世話になっている篠崎さんと藤永さんのNCLのプロジェクト「現代版北前船」の企画!お椀かと思いきや、なんと玄関などでキーボックスなどにも使える入れ物だそう。乾燥した草花とのコラボレーションがとても美しい!

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竹で作られたスピーカーかっちょいい!!!

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体験型の企画も続々登場!!!

 土で、陶器の作り方を軽く学べるコーナーも。

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石岡くん(石岡興喜 )の折り紙コーナーもすごかった。

福井=恐竜=恐竜の折り紙?

OrigamiDesignerと名乗っていて、本人はおたくと呼ばれたくないようだが、

1つの領域でも得意があると客観的に見て絶対強い!

足の角度、翼の角度、カクカクカク。

型作って、それをどんどん応用すれば創作になる。

話が理系っぽくて面白くて、同年代なので一層刺激を受けるなあ。

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ステージも豪華!!!

音楽が刻むビートは、血流が脈打つように

自分の体の中に染み渡っていった。

 

25日の出演者は、工藤シンクさんと、Aki-Ra Sunriseさん。

工藤シンクさんは、グアテマラとか世界各地で映像とラップミュージックを駆使したライブを展開されている。

僕個人としては、軽快なノリと深みのある音楽の共存が心地よくて、

作家っぽくてかっこよかった!!!

熊本の三角エコビレッジ・サイハテの発起人でもあり、ぼくもコミュニティ研究で今度訪問したいと考えていたので、今回お話ができて本当によかった。

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Aki-Ra Sunriseさんは、阿修羅っぽくてやばい!!!

100個くらいの世界の楽器が次々と飛び出してきて、こんなに様々な楽器を器用に的確に演奏する人を初めて見た。クライマックスの激しさとか、演奏家にしかわからないような境地を垣間見た。僕にはこういう瞬間的、刹那的動きができる瞬発力はうらやましい限りだ。

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ステージの背景の植物のようなランプは夢宙屋さんの作品だ。

お話しした際は、

「機材の無機的な素材に対して、有機的なものを作りたかった」

とおっしゃっていたのが印象的だった。

まさに、空間に自然的な癒しや心地よさを生み出していた。

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26日には、パリコレで流す音楽とかを作ったり、AKBとかともコラボしている一平さんのピアノ演奏があったみたいだが、今回はいられなくて残念!またの機会に!

 

 

「世界的に有名」な人とたくさん出会えて本当に良かった。

スタッフの立ち位置はとても貴重な経験だった。

本物から学んだこととしてはやはり、

考えてこねて最善を紡ぎ出す。

地味なことでもとことん追求しまくる姿勢に感化された。

僕もおもしろい!って思ったものはとことん追求してみようと思った。

 

 

 

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ps.

今回のイベント当日、8月25日は実は大阪で他の予定が入っていた。

しかし、前日準備の段階であまりにも面白い本番が予感できてしまって、

当日も残ることに決めた。

全ては、今に宿る。

今に急激なスポットライトを!

面白いか面白くないかは今の自分が知っている。

予定をこなすのではなく、

正直に楽しいものに飛びつく!!!

今を生きるを大事に日々歩んでいこうと気持ちを新たにした。

イベントに誘ってくださったとやまさんを始め、今回のイベントで出会った方々、いつもお世話になっている方々本当にありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

【115日目】京都の美山にて!凄まじい炎の祭り「上げ松」に参加!祭りの真髄を観る!

 

 

現在、京都の美山に8月31日まで滞在中だ。

古民家宿泊施設「美山FUTON&Breakfast」で宿泊事業と茅葺き屋根葺き替え事業のお手伝いをさせていただいている。

ina-tabi.hatenablog.com

 

 

この時期は美山でも祭りがたくさんある。

美山町島地区というところで、8月14日に祭りに参加した。

公民館を貸し切り庭も使って、

大小3つくらいの屋台が出て、

ビンゴゲームをして楽しむという、

比較的小さな祭りだ。

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終盤には、花火をやりまくって楽しむ。

やはり祭りに火の存在というのは欠かせない気がする。

人類は約150万年前にアフリカのケニアで、

初めて火を使い始めたと言われている。

火があることにより、

・夜間の活動を可能にした。

・加熱による食物の栄養価が向上した。

・病原が減少した。

・摂取カロリー増加で脳の拡大を誘発した。

・火の共用による集団生活の必要性が増した。

とくに、最後の集団生活の必要性は

祭りと非常に密接な関係があり、

重要なポイントであろう。

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この美山町島での祭りに参加して、

もっと派手ででかい祭りがあるというので、

紹介してもらった。

それが、美山町鶴ヶ丘というところで開催される

上げ松」という祭りだ。

なんでも炎が燃えたぎり、

男たちが松明を振り回しまくる!?らしい。

これは見所たくさんだと思い、参加を決めた。

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8月19日祭り当日。

午後7:30僕は家を出た。

夜は満点の星空がきらめいていた。

クマが出るのではないかと思い、

ビクビクしながら、

大きな山と夜空に見守られ、

チャリンコで夜の闇を駆け抜ける。

夜の道を走ること30分。

ふと川に目を向けると、、、

なんと川が炎に染まっていた。

恐ろしく美しい光景だ。

どうやら、祭りの会場に着いたようだ。

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この祭りの由来は、こういう経緯に基づく。

美山は「山のまち」。昔から、多くの村人が山に木を植え、育て、山仕事で暮らしてきました。火は人々の暮らしになくてはならないものですが、あらゆるものを焼き滅ぼしてしまう恐ろしい魔物でもあることも昔の人々は知っていて、そのため愛宕の火の神を鎮める行事として、「上げ松(松上げ)」が行われてきたのでしょう。多くの家には、現在も「愛宕祀符 火廼要慎」と書かれた愛宕神社のお札が貼られ、火の神への畏敬の念を持ち続けています。 

参考文献「京都美山ナビ」

https://kyotomiyama.jp/column/agematsu

 

つまり、火は

①生活に不可欠である

②あらゆるものを焼き滅ぼす

という極端なプラスとマイナスの側面を持つ。

この伝統的な祭りの意味は、

「畏敬の念」の現れと言えるだろう。

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 人々は焚き火に木を捧げ、松明に火を灯す。

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そしてなんと、

どでかい木の柱の上めがけて、松明をぶん投げる!!!

てっぺんに松明がぶつかれば、花火が噴射される。

てっぺんに届かなければ、地上に落ちる。

人の頭上に落ちそうでヒヤヒヤする。

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基本的に、火の祭りというのは、危険だ。

あえて危険なことをする。

でも、それが畏敬の念を抱くということだと思った。

そして、火というのは、コミュニティをデザインする上で大きな役割を果たす。

ゆらゆらと、轟々と燃え盛る火を固唾を飲んで見つめる人々は、

多くを語らずとも、どこか共通の仲間意識を持つようになる。


【115日目】京都の美山にて!凄まじい炎の祭り「上げ松」に参加!祭りの真髄を観る!

 

 

近くでは、盆踊りも開かれていた。

この盆踊りの唯一の特徴は、

「音楽がないこと」だった。

最初聞いた時はびっくりした。

歌い手の人が2人いて、男と女だ。

交互にこの土地に伝わる民謡を歌う。

それに合わせて、周りの人々は複雑な振り付けの祭りを踊る。

 

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これがまさに「共通言語」だと思った。

コミュニティというのは、同じ言語を持たねばならない。

例えば、アニメオタクのコミュニティに入ろうと思ったら、

アニメの基本的な知識がないと所属することが難しい。

それと同じように、

この地域コミュニティに入るには、

盆踊りの振り付けがわからないまでも、

この祭りを通じて、

この土地の民謡のことを知ったり、

踊りの振り付けを真似てみたりする。

そうやって初めて、地域コミュニティの仲間入りができる。

あそこの山はよく崩れるだの、

この川がよく氾濫するから気をつけろだの、

そういうのも、共通言語の1つと言えるだろう。

 

 

極小形態としては、家族、友人関係、

極大形態としては、地域の区分けとか、県の区分けとか、国の区分けとか、

そういったものは全てこの共通言語(ないしは文化)を持つことで

成立している。

それぞれが何らかの文化を共有していて、

共通の言語を持って会話しているのだ。

そういうもんが祭りには凝縮されていて面白い。

だから、祭り巡りというのは止められない。

 

 

僕が作りたい人の集合とは、

いかなる文化を持って、

いかなる言語を共有しているのか。

今の所のキーワードとして、

具体的なイメージできているのは、

・流動村

・自然(持続可能性)

・コミュニティ内ヘルプ

あたりかなあと。

もっと広い世界みてイメージ膨らませたい。

 

【107日目】帰国!京都にて!古民家の屋根の葺き替えなどの建築関連のアルバイトを開始!

僕は旅の中で、

建築に興味を持った。

 

 

建築の視点で、

より解像度の高い旅をしたいと思った。

 

そのため、

ぼくは2018年8月4日に

日本に一時帰国した。

 

ina-tabi.hatenablog.com

 (台湾で建築がおもろいと感じた時のブログ)

 

 

 

現在、

京都府美山というところで

2018年8月9日~30日までの3週間、

アルバイトで滞在中だ。

自然がとても美しく、

自転車で疾走すれば、

うまい空気をたくさん吸える。

 

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昔話に出てくるような古民家。

僕にとっては、

伝統的であることに大きな関心はなく、

自然から湧き出てくるようで

大きく息を飲み、

その美しさにすばらしさに驚きを隠せない。

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ぼくがお世話になっているのが

美山FUTON&Breakfast

という古民家の宿泊施設だ。

日経新聞の古民家の宿ランキングでNo.1を獲得したことがあるほど、

伝統建築の世界では有名。
style.nikkei.com

社長さんが茅葺職人さんなので、

宿泊事業に加えて

屋根の葺き替え事業も、

お仕事させてもらえるという、

僕にとってはめちゃくちゃいい環境!!!

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今日、8月11日は

伊勢神宮系列の神社の屋根の葺き替え

のお伴をさせていただいたので、

そのことについて書く。

現場はこんな感じ。

7月から9月までの2ヶ月間の工程。

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材料・工具・シートなどは

左端の台車で上にあげる。

人は右端の梯子から上に登る。

すすきは束になっているので、

紐を解いてから

丁寧に編みこまれてゆく。

横に支柱が通され支えとなる。

表の支柱と内部の支柱は

頑丈な紐で結ばれる。

結ぶ時すすきが手の甲に当たるので

怪我をしやすい。

いろいろ危険なので基本暑いのに

長袖長ズボン。

その上現場は高く揺れるし

足場も小さいので、

用心深く歩く。

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編み込んだすすきは出っ張っている。

工具によって斜めに慣らしていく。

これを繰り返す。

何層も行うことで、

茅葺屋根の形をなしてゆく。

休憩は暑くて疲れるので

1時間に1回くらいはある。

水分は1日3リットル消費するので、

たくさん買い込んでおくことが必要だ。

この作業はまるで

人間がなにか大きなものに

立ち向かうようでかっこいい。

石川で農業のバイトを

やった時との交差点はここ。

大概は運動部出身の男が多い。

仕事のあとはサッカーをする

というので、

超元気でびっくりした。

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茅葺きとは、

「建築における揺らぎ」

だとおもった。

他の素材ほど正確で緻密な計算は必要ない。

 その分技が光る。

設計と現場の違い肌感を、

丁寧に読み解くことは、

双方の立場にとって必要なことだと、

改めて実感した。

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さて。

僕にとって建築とは

人が集まる場に対して可能性を広げるものだ。

目的→場づくり

手段→建築

という考え方に行き着いた。

 

 

遡れば、

2017年4月〜2018年3月まで

東京都日野市の古民家「ヒラヤマちべっと」の管理人をやった。

イベントスペース、シェアハウス、宿泊などを行なった。

地域の人々が気軽に来れる場づくりにつながった。

https://www.facebook.com/Hirayama.Tibet/

ぼくにとって理想の場づくりとは、

場のコーディネート+α

の職能によって実現しうると考えた。

αによって、

相互扶助の関係を作るのだ。

 

 

場づくりを職能にしようと

もがけばもがくほど、

泥沼にはまる。

資金が回らないので、パブリックのお金を頼ることになる。

でも、究極の場づくりは

独自の財源を回すことで実現する

のではないかと考えている。

なぜなら場づくりは、

場にいる人以外の外部の力によって、

たとえ無意識的にも、

抑圧されるべきでないと考えるからだ。 

そこにいる人が今を楽しむ!柔軟に!自由に!

が理想なんだと考えている。

 

 

そこで、僕は今回仮説として

+αの部分に建築をはめ込んでみた。

なぜ建築にしたかといえば、

単純に感動したから。

自分に少なからず適性があると感じたから。

の2つに他ならない。

 

 

別に建築の大学を出たわけでもないが

大学で学んでいないからといって無理に

選択から外すことはない。

なぜなら、自分自身の考えてきたことの集合体が

仮説的にも建築に一歩踏み出させたわけで、

1日の考えてきたこと(趣味性)の積み重ねの総和こそ

もっとも尊重すべき選択であると考える。

僕の場合、法学部だが、

古民家鑑定士なので建築の勉強はしたし、

卒論は古民家で書いたなどなどいろんな背景がある。

 

 

建築のニーズというのは、

形変われど永久になくならない。

ゆくゆくは、village (拠点)を持ちながらも、

自然的な建築によって集合的な様々なモノや概念を創出し、

人の心に残るものをつくりたい。

 

と考えながらも、

足元を見ればやることが多すぎるので、

まずは把握したい気持ちから現場を体験した

というブログでした。

おしまい。

 

 

ina-tabi.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

【93〜96日目】中国にて奇祭「爬坡祭り」に参加!犬を食べ闘牛を観戦して祭りのすごさを体感した!

僕は、困っていた。

手がかりは3つだけ。

①凱里市香炉山

②爬坡祭り

③7月31日

インターネットもなく、

言葉も通じない中で、

この祭りに強烈に興味を抱いたのだ。

 

中国の人から伝え聞いた。

なんだかよくわからないがおもしろい祭りがあるという。

観光地化されていない祭りだ。

中国旅のクライマックスにふさわしいと思い参加を決めた。

移動はベトナム国境の河口からまる2日。

泣いても笑っても

7月31日がラストチャンス。

なんとしてでも辿り着かねばならない。

 

 

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僕にとって祭りとはこうである。

コミュニティにおいて、
どういう時にテンションが上がるか
エモいと感じるかを考える。
最も重要な瞬間である。
祭りの差し色とはなんなのか。
地域で最も大事にしているものを知ることでもある。

 

 

 

2018年7月29〜30日

中国雲南省河口→貴州省凱里市香炉山

河口から昆明昆明から貴陽。

鉄道移動は長い。

丸一日かけて、貴州省の中心である貴陽という街に着いた。

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駅前の人5人くらいに香炉山への行き方を聞いたが、わかる者はいなかった。

とりあえずバスターミナルにいけというのでバスに飛び乗る。

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途中通過した大学に巨大で奇妙なマスコットがあった。

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バスターミナルに着いてみると、果たして香炉山に行くバスはなかった。

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しかし、貴重な地図を発見した。

どうやら香炉山がある凱里市までは電車が通っているらしい。

基本的に中国はバスより電車が圧倒的に安いので、貴陽駅まで戻ることにする。
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電車に飛び乗り、

ついに凱里市までついた。

果たして香炉山という山は

どこに存在するのか。

いろんな人に聞いたところ、

バスはないというので、

タクシーに飛び乗る。

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徐々に景色は美しくなってきた。

山の緑は青々として、木造の綺麗な家が立ち並ぶミャオ族のエリアだ。

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タクシーにのること30分。

タクシードライバーは叫ぶ。

あれが香炉山だ!!!

なんだあれは。

オーストラリアのエアーズロック

ベネズエラのロライマ山

などを思い浮かべる一枚岩。

その山は予想外に堂々と神々しく映った。

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祭り前日の午後15時。

周辺では着々と明日の祭りに向けて準備が進められていた。

タクシーは80元と高かったが、祭りの準備含めて観察できたのはかなりの収穫であった。

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そして、なんと恐ろしいことに、

周辺の村では全ての家で犬を殺していた!!!

こんなに一斉に犬を食べる祭りは世界を見てもなかなかないであろう。

一緒に生活してきた大事な仲間を1年で最も神聖な祭りにおいてどんな気持ちで食らうのだろうか。

(※写真は撮りましたが画像省略します)

出店準備は着々と進む。

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円形の広場があった。

ここではおそらく闘牛が開かれるのであろう。

赤い横断幕には、スポンサーかなんかの名前が書かれていた。

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ステージが設置された。

歌手やダンサーでも呼ぶんだろうか。

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妙に雰囲気のあるトイレ。

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出店準備をしている人に、麺を食べさせてもらった。

うどんとラーメンを混ぜ込んだかのような料理はとても美味かった。

しかし、辛かったので腹は壊した。

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外国人がよっぽど珍しかったらしく、タダで豆腐料理とかも食わせてくれた。

田舎の中国人は優しい。

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香炉山に登ることにした。

山に登るとは、俯瞰的に周辺の土地を観るということでもある。

登山道からの景色はとても美しい。

周辺の村々では、農耕が盛んだと知る。

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祭りが行われるメインロードは一本道。

明日にはどういうふうに変化するか楽しみだ。

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はてさて、一枚岩の麓まで登った。

頂上まではどうやらいけないようだ。

途中の崖に寄り添うように建てられた社に登り、手を合わせて引き返した。

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香炉山の麓の宿に泊まった。

宿の部屋の床には血みたいなものがたくさんついててヤバかった。

風呂はシャワーが出なくて貯め水。

しかも茶色に濁っていた。

新しい水ありませんかということで、青い桶の溜め水を用意してもらった。

床はカナブンだらけ。

カナブンと風呂は初めてだ。

けど僕はこの宿を選んで良かった。

宿泊客は僕1人。

隣には宿のオーナーの家族が寝てた。

どこまでも土地の暮らしに近い宿であった。

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爆竹が鳴りまくって明日の祭りの盛り上がりを予告する。

さあ楽しみだと思って寝る。

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2018年7月31日

爬坡祭り当日 

朝8:00ごろ。

市場を散歩していると、昨日の犬が鍋になっていた。 

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市にも徐々に人が集まる。

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犬と一緒にヤギも食べるところもあるらしい。

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闘牛場では牛が足慣らし。

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球を投げて、金に当てたらもらえるという射的だ。

一攫千金を狙う中国人らしい考え方と思った。

しかし、流石に屋台側が儲かる仕組みになっていることは誰でも知っている。

野球経験者でもなければ挑戦はしたくない。

あんま人がいなかった。

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これもかけの一種だろうか。

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午前10:00ごろ。 

徐々に祭りは賑わい出す。 

少数民族の衣装を纏うミャオ族も現れる。

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犬の鍋をありがたくいただいた。

やはり流石に貴重な食品なのか、どの店も40元で販売していた。

味はアヒルの肉に近い感じで、骨も少なく食べやすくなっていた。

色々な部位が混じっているのをタレにつけて白ご飯と一緒に食べるのが主流。

個人的にはタレをつけなくても塩気があってそのままでも美味しかった。

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闘牛場も準備は着々と進む。

牛にはスプレーで順番に名前と番号が書かれていく。

右の腹に名前、左の腹に番号という感じだった。

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猿のお面をかぶった子供が、

お面を自慢してきた(笑)

一応写真でも撮ったるかと思って撮っておいた。

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 さて、12:00ごろ。

ようやく闘牛が始まった!!!

審判の男がかっこよかった。

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牛と牛は激しくぶつかり合った。

ルールはなんとなく見ていてわかった。

要は日本の相撲とかなり似ている。

寄り切りするか、タイムアップで引き分けかが多かった。

寄り切りといってもきちんとした土俵があるわけでなく、

押しまくったら勝ち的な感じだった。

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観客もぎゅうぎゅうで、この祭りの見所の中心となっていた。

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14:00ごろ。

近くでは有名歌手によるショーが行われたり、ダンスが行われたりしていた。

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この時間帯が、祭りの来場者数も最高であった。

爆竹は鳴りまくり、とてつもなく賑やかになった。

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16:00ごろ。

そろそろ帰るモードの人も多くなってきた。

僕も次を目指すことにする。

しかし、この祭りの来場者数は2万人もいるらしく、

駐車場にたどり着くには山を1時間ほど歩かなければならない。

規模感が違うと思った。

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もはや渋滞しすぎて交通機関がストップしていたので、

合計20kmくらいの道のりを凱里駅まで歩くことにする。

いい機会なので、歩くことについて歩きながら考えてみた。

僕は足の裏で物事を記憶するのだろうか。

歩いていた時の情景とか考えていたことは結構覚えている。

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考えたことをまとめるとこうであった。

僕はあまり課題を解決しようと思ってない。

中国を見たらわかる。

課題なんて山ほどあって解決しようなんて思ってたら

人生いくら時間があってもきりがない。

むしろ僕がいなくても技術の革新などが解決してくれる。

それならば、発想を変えて心に残るものを作りたい。

これが原点ですとか、

今まで生きてきた中で最も感動したとか、

そういうことを言ってくれるようなものをつくりたい。

そうすることで、自分の生きる意味が見出せると思った。

凱里の街並が見えてきた。

かなり迷ったが、21:00には駅にたどり着いた。
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もう広州への電車がないと思って、宿泊先を探した。

しかし、ここで衝撃な事実を知る。

凱里市の全てのホテルは外国人を泊めないらしい!!!

とても理不尽だったので、警察に話したが無理だった。

やむなくよくわからない場所行きの寝台列車を予約し、

野宿を免れた。

 

こんな風に、中国では毎日必ず理不尽なことがおこるものだ。

これも人口が多すぎることが大きな要因で、

始皇帝のような恐ろしい君主が生まれる理由もわかった。

・鉄道切符を買う列が長すぎて時間切れで買えない。

・バスが利用停止中で文字が読めず乗ろうとしたら影で笑われる。

寝台列車は夜中じゅう子供が騒いでいて寝られない。

・英語がわかるにも関わらずわざと中国語で話してくる。

・道を尋ねても無視される。

・お札は汚いのを渡してくる一方で綺麗じゃないと受け取ってくれない。

などさまざまな場面に遭遇してきた。

その度に、大きすぎる国の苦悩を感じた。

 

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ここまで旅をしてきて、

もう中国では見るものはないと思って一時帰国を決めた。

20000:1の状態で、中国の祭りに参加できたのは非常に大きかった。

これ以上中国の祭りに参加したとて、学びは変わらないと思った。

 

とにかく自分は人の集合が作りたくて、

それには建築とデザインが大きな力を握っていて、

自分もそれに向いていると仮説が立ったので、

だから日本に帰って少し勉強してから、

視点をクリアにして旅を再開したい。

 

<祭りがあった香炉山はここ>

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