【岩手県遠野市】クリエイターレジデンス2日目・鹿踊など民俗芸能の話まとめ

昨日、遠野駅前のDeでメザシとスジコを食べたイナムラ です。つくる大学のクリエイターインレジデンスに参加しています。鹿踊を始めとした伝統芸能を写真で表現すべく滞在中。今日も地域の民俗芸能に関して聞いた話を忘れないように、ざっくりと箇条書きで書いておきます。

 

 ①遠野市立博物館

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◯遠野のしし踊りの話

・遠野の鹿踊はほとんどが幕踊り系でドロノキをカンナで削ったものをつけるので、カンナガラジシとも呼ばれる。

・京都から伝えられたしし踊と地域の豊年踊りや神楽の「山の神舞」が結びついて作られたという説がある。

◯鉄砲撃ちの話

・動物の借りを行なった場合、霊魂を慰めたたりを防ぐために「引導渡し」、又の名を「ミズヒキ」「インドウ」という儀式を行う。鳥や熊など、獲物ごとに、解体前か打った現場で唱える呪文の言葉が決められており、これは大々的にひけらかすものではない。熊の場合は「バンジバンザブロウ」「アビラウンケンソワカ」と唱える。動作は熊を北に向けて幣束、サンズ縄、サヤから取り出したキリハ、塩、酒(水)、菓子、線香、ロウソクを供え、柳の枝で頭から後ろ足に撫でる。

・佐々木嘉兵衛によれば、六角牛山で白鹿に出会い、鉄砲で撃っても倒れない。金の弾丸に邪悪を払うヨモギの葉を巻きつけ放つが白鹿は動かない。よく見ると白い石で、普段見誤るはずはないので、魔物の仕業として猟を止めようと思ったのだとか。

・遠野八幡宮に供養塔がある。10月ごろの狩猟免許交付日にお参りをする。また、各地に山の神の石碑がある。(追記・猟師の高橋さんより)

 

遠野市立図書館

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◯遠山英志,『鹿踊り新考」,1994より

・実際の鹿の生活を眺めていると、雄は単独で行動し、雌は群れをなす。しかし、鹿踊りでは雌が1頭に対して、他は皆雄である。

鹿踊りの起源は五穀豊穣にありというのが通説だが、証拠がない。

鹿踊りは鹿らしくないところも目につく。かしらについている長いザイ(髪)は鹿には見当たらない。太鼓系しし踊りでは馬の尻尾、幕踊り系しし踊りではドロノキのカナガラを使っている。それから、ササラも付いてる。

・陰陽五行説によれば、ザイ・ササラ・幕は長いもので木気に属し、風を表す。風を痛めつける対風呪術により五穀豊穣を実現するのがしし踊りの由来だったのではないか。これが本当ならば龍の代理としての鹿であり、動物の鹿の代理としての鹿という関係が成り立たない。

奈良時代に農民が最も害獣と考えたのが鹿。豆、小豆、大根、芋類、木の芽や樹皮を食い荒らすため。

 

③長野地区獅子踊り・一倉さん

https://twitter.com/naganoshishi

・一関の大東町の方から約400年前に獅子踊りが伝わった。

・先祖を供養するという意味合いが強い。町内に多くの供養塔がある。

御精霊(みそうろう)という初盆の行事と歌がとても似ている。

・年間五箇所ほどで奉納神事を行う。遠野八幡宮、南部神社、地元の神社など。また、彼岸の際には違った踊りを行う。

・長野には神楽2つ、シシ3つと合計5つの団体がある。

・祭りの日には、家の庭を開放して踊り場を提供する。シシの団体は、まず庭を褒め、その後建物の立派さを褒め、とにかく褒めちぎってから踊りを行う。演目の中に柱に絡みついていくという動作があり、マーキング行為を意味する。とても動物的であり、他の団体にここ自分のものにしちゃうけどいいの?という遊び心でちょっかいを出す意味合いもある。

・男性が踊りや太鼓を行う、女性は重くなくて動きの激しさも少ない笛などを担当する。

・担い手は20代後半がメイン。外からいかに担い手を呼ぶこむかを考えている。早池峰の方では東京から担い手志望の人が来るらしい。神楽は人数が少なくてもできるが、しし踊りは30~40人が必要になってくる。

・遠野の獅子舞は白いのが特徴で、釜石の小川や橋野の方にも伝わった。

・しし踊りは太鼓系は「鹿踊り」、幕系は「獅子踊り」。(※前回のブログでは全部鹿の方で書いてしまいましたね!遠野は多くの地域が獅子の方だそうです。)

 

PS.僕の活動インタビューのライブ動画を見ていただきありがとうございました@つくる大学

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今日の晩御飯は、cocokanaのひっつみ定食。初めて、ひっつみという食べ物を食べました(すいとんみたいな食べ物)

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<今日のまとめ>

長野しし踊りの練習の撮影が12日に決まった。受け入れていただき、本当にありがたい。今回の滞在期間は1週間と短いので、とにかく多くの地域の撮影をさせていただき、違いも知りながら作品づくりを進めていきたい。練習をしていない地域も、小道具の撮影で伺えたら嬉しい。試行錯誤しながら、撮り始めて見えるものもあるだろう。しし踊りの撮影させてもらえる地域を大募集中です。

 

 

 

 

【岩手県遠野市】クリエイターレジデンス1日目・鹿踊など民俗芸能の話まとめ

本日から、つくる大学のクリエイターインレジデンスに参加しています。

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▼詳細はこちら。

note.com

 

今回は、鹿踊を始めとした伝統芸能を写真で表現すべく滞在中。地域の民俗芸能に関して聞いた話を忘れないように、ざっくりと箇条書きで書いておきます。

 

①遠野八幡宮・多田さん

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鹿踊の起源について

・京都でイノシシを被った芸能がありそれが遠野の駒木地区に伝わったのではないか、と個人的には考えている。公式な説だと、角助という人が熊野詣での道中に、京都あるいは静岡で踊りを習い遠野に伝えたというものがある。あるいは、奈良由来の鹿踊が遠野の長野地区に伝わったという考えも存在する。

・遠野の鹿踊は350年以上の歴史がある。

・鹿肉をいただくことから、鹿への供養の意味で始まった。食べ物に対する畏怖の念があり、祟りにあってしまうので供養する。先祖供養の意味合いを込めて、お墓の前で踊る鹿踊もある。

 

鹿踊の運営母体について

・各神社にお付きの団体がある。遠野八幡宮は長野地区の団体が鹿踊を行う。

・保存会があり、資金のやりくりなどを管理する役目を担っている。

・山奥に行くほど担い手は減っている。他地域の人も勧誘して、担い手を確保。

・14団体が遠野市内で活動中。

・遠野まつりが9月の第3土日で開催。市内の鹿踊が勢ぞろいする。この祭りを目標に各団体は練習を頑張るようになり、祭りが開催され始めてから鹿踊の団体数は減っていない。

・女性も刀かけとして鹿踊に参加する。

・板澤の鹿踊は、動作が細かい。右や左に体を振り、神社のお祓いのような動作をする。

 

◯遠野八幡宮について

・850年の歴史がある。

・境内でお祭りができる珍しい神社。遠野まつりの日には、馬場めぐりをやる。神楽→神輿→鹿踊の順番で馬場をまわり、すなわち清め→神→悪魔払いの順で行列ができる。

 

②富川屋・富川岳さん

www.tomikawaya.com

鹿踊には、幕系と太鼓系がある。遠野は幕系な一方、花巻などは太鼓系。

鹿踊には、争いながら調和するという意味がある。秋田などにはマタギ文化があり集団で猟を行うが、遠野の場合は一人で獲物に対峙する。そのため、自分が動物を仕留めるという感覚が強く、鹿を供養する必要性が生じて、鹿踊は生まれたのではないかとのこと。

・また、荒ぶる魂を鎮めるという意味があり、鹿踊には上下に激しいステップを踏む動作が存在する。

・鹿に関して、夏は有害駆除などの罠猟、冬はメインの猟を行う。

・駒木地区に鹿踊を遠野に伝えた角助という人のお墓がある。遠野の人はお伊勢参りや金毘羅参りなどで西に行く風習があり、静岡の掛川で見たものを遠野に持ち帰ったという説がある。

・コロナで今年は多くの鹿踊が中止になっており、ベースの部分であるなぜ鹿踊が行われているのかを見つめる一年にもなりそう。

 

<本日のまとめ>

ヒアリングから、写真の作品の1つの方向性が見えてきた。やはり、記録的にただ祭りを撮るだけでは面白くない。鹿猟への同行、鹿の解体、鹿の調理や毛皮の再利用、鹿踊の小道具、鹿踊の練習、まつりの本番、鹿踊の小道具制作などの視察を通して、一連の流れを写真に収め、なぜ鹿踊が始まったのかという根本的なところを造形に着目して神秘的に表現したい。石川で撮影している獅子舞は大陸系なのでその起源を遡るのが難しいが、鹿踊は実施している地域内でモチーフである鹿が生息しているというのがポイント。加賀との関連性から導き出せる表現ももちろんあるが、新しい表現にも挑戦する。最終的には、写真集という形で多くの人に見てもらいたい。あと神楽も後日取材したいと感じた。

 

【岩手県遠野市】鹿踊を始めとした民俗芸能の話①

本日から、つくる大学のクリエイターインレジデンスに参加しています。

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▼詳細はこちら。

note.com

 

今回は、鹿踊を始めとした伝統芸能を写真で表現すべく滞在中。地域の民俗芸能に関して聞いた話を忘れないように、ざっくりと箇条書きで書いておきます。

 

①遠野八幡宮・多田さん

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鹿踊の起源について

・京都でイノシシを被った芸能があり、それが遠野の駒木地区に伝わった。あるいは、奈良由来の鹿踊が遠野の長野地区に伝わったという2つの説がある。

・遠野の鹿踊は350年以上の歴史がある。

・鹿肉をいただくことから、鹿への供養の意味で始まった。食べ物に対する畏怖の念があり、祟りにあってしまうので供養する。先祖供養の意味合いを込めて、お墓の前で踊る鹿踊もある。

 

鹿踊の運営母体について

・各神社にお付きの団体がある。遠野八幡宮は長野地区の団体が鹿踊を行う。

・保存会があり、資金のやりくりなどを管理する役目を担っている。

・山奥に行くほど担い手は減っている。他地域の人も勧誘して、担い手を確保。

・14団体が遠野市内で活動中。

・遠野まつりが9月の第3土日で開催。市内の鹿踊が勢ぞろいする。この祭りを目標に各団体は練習を頑張るようになり、祭りが開催され始めてから鹿踊の団体数は減っていない。

・女性も刀かけとして鹿踊に参加する。

・板澤の鹿踊は、動作が細かい。右や左に体を振り、神社のお祓いのような動作をする。

 

◯遠野八幡宮について

・850年の歴史がある。

・境内でお祭りができる珍しい神社。遠野まつりの日には、馬場めぐりをやる。神楽→神輿→鹿踊の順番で馬場をまわり、すなわち清め→神→悪魔払いの順で行列ができる。

 

②富川屋・富川岳さん

www.tomikawaya.com

鹿踊には、幕系と太鼓系がある。遠野は幕系な一方、花巻などは太鼓系。

鹿踊には、争いながら調和するという意味がある。秋田などにはマタギ文化があり集団で猟を行うが、遠野の場合は一人で獲物に対峙する。そのため、自分が動物を仕留めるという感覚が強く、鹿を供養する必要性が生じて、鹿踊は生まれたのではないかとのこと。

・また、荒ぶる魂を鎮めるという意味があり、鹿踊には上下に激しいステップを踏む動作が存在する。

・鹿に関して、夏は有害駆除などの罠猟、冬はメインの猟を行う。

・駒木地区に鹿踊を遠野に伝えた角助という人のお墓がある。遠野の人はお伊勢参りや金毘羅参りなどで西に行く風習があり、静岡の掛川で見たものを遠野に持ち帰ったという説がある。

・コロナで今年は多くの鹿踊が中止になっており、ベースの部分であるなぜ鹿踊が行われているのかを見つめる一年にもなりそう。

 

<本日のまとめ>

ヒアリングから、写真の作品の1つの方向性が見えてきた。やはり、記録的にただ祭りを撮るだけでは面白くない。鹿猟への同行、鹿の解体、鹿の調理や毛皮の再利用、鹿踊の小道具、鹿踊の練習、まつりの本番、鹿踊の小道具制作などの視察を通して、一連の流れを写真に収め、なぜ鹿踊が始まったのかという根本的なところを造形に着目して神秘的に表現したい。石川で撮影している獅子舞は大陸系なのでその起源を遡るのが難しいが、鹿踊は実施している地域内でモチーフである鹿が生息しているというのが非常に面白いポイントだ。最終的には、写真集という形で多くの人に見てもらいたい。あと神楽も後日取材したいと感じた。

 

僕が執筆した記事

f:id:ina-tabi:20181115103649p:plain初めまして、稲村行真(イナムラ ユキマサ)です。ライターとカメラマンをしています。大学卒業後この仕事を始め、現在3年目。1994年生まれ、千葉県出身です。 
 
祭り(獅子舞)や伝統文化(古民家・神社)などの記事が得意です。獅子舞に関しては1年で20地区を取材し、写真集を作りました。また、大学生の時は古民家鑑定士を取得して、日本全国100軒の古民家を取材して論文を書いた経験もあります。突き詰めていくと、どんどんのめり込む性格です。海外旅行、国内旅行、町歩き、徒歩、祭りなど大きなテーマの中で、自分なりの視点で書くことを常に意識して書いています。
 
媒体はwebがメインですが、雑誌や広報誌のライティングもしたことがあります。写真撮影は風景が得意ですが、人物のポートレートなども経験ありです。 
 
今まで執筆した記事をまとめました。
 
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※執筆したことがあるwebメディア
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北國新聞
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中央大学学員時報
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しまなみ海道での滞在!巡礼道のウォーキング企画を練る![2020.3.6-17 ]

こんにちは、愛媛県佐島ではムッキーと呼ばれているイナムラです。

今回は、3月6日から17日まで、しまなみ海道の佐島を中心に弓削島(ゆげじま)、大三島(おおみしま)、伯方島(はかたじま)、岩城島(いわぎしま)など様々な島を回っていました。今回の滞在目的は、これ。

 

「しまなみウォーキング企画を練る❗️」

 

今まで、大学生の時に交通費を節約するために電車を使わずに歩いていたという趣味が高じて、3年前から東京-石川、台湾などの徒歩の旅企画を実施してきました。1日40kmを2週間歩くなど比較的ハードな旅をしてきたのが特徴ですが、ぜひこの歩く旅の面白さをツアーのような形で様々な方に伝えていきたいという想いで、今回の滞在に至ります。

 

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しまなみ海道の島々の面白さは、なんと言っても山あり海あり島ごとの個性ありで、多様な楽しみ方ができ、穏やかな海と穏やかな人、そして、美味しい海と山の幸を堪能できることです。そして、何と言っても知られざる巡礼道「島四国」はとても魅力があります。四国には八十八箇所の霊場がありますが、実はしまなみの島々にそれぞれそっくりな巡礼道があるのです。

 

 

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島四国とは!?という方も多いと思います。四国八十八箇所を島でも拝むことができるようにしたもので、もともと伝馬船で本場に行けない人が拝めるようにとのことで整備されたようです。毎年旧暦の3月21日の弘法大師の入定日には、お遍路の人向けに無料で食事や宿を提供するお接待の文化もあります。(2020年は4月13日)

 

ところで、今回僕は2回目の滞在です。2年前にも島四国の調査をしましたが、今回はより深く、そして、周辺の島も回りながらも広域に島四国のことを調べて、次の企画につなげていけたらと考えています。

 

前回の滞在時のブログはこちら。見つけられなかった札所がたくさんありました。

ina-tabi.hatenablog.com

 

今回の滞在で行ったこと。

大三島でさわき旅館で働く(3/7~8)

大三島から伯方島まで20km歩く (3/9)

岩城島で柑橘を搾る仕事(3/10)

・佐島で島四国調査30km歩く (3/11~12)

・佐島島四国資料確認 (3/13)

・弓削島一周(3/14)

・佐島島四国イベント (3/15)

・弓削島打ち合わせ&佐島安政柑収穫 (3/16)

かなりたくさんの方にお世話になり、充実した日々でした。今後のウォーキング企画に繋がりそうな内容盛りだくさんだったので、ざっくりと振り返ります。

 

 

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まずは、佐島。いつもながら、ゲストハウス「汐見の家」で過ごす毎日は和気あいあいとしており、みえさん達が作る「シェアご飯」を通して多世代で多国籍の人達が仲良くなれる素敵な場所でした。けいこさんと、ごうくんと、ここちゃんのお迎えはいつもながら暖かく、自由でのびのびとした島の雰囲気を思い出しました。

 

 

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今回の島四国の調査では、祠の回りの写真を撮るだけでなく、いくつかのルートの歩行時間や安全確認、また、島の南端の札書は満潮時に歩けないため、湾の風景を満潮と干潮で写真を撮り見比べるということもしました。

道はきちんと整備されているわけではありません。場所によっては木や草を掻き分けて、やっとのことで通れた道もたくさんありました。何といっても、今まで見つけるのが難しかった9番、21番、86番の札所が見つけられたのがとても嬉しかったです。このワクワクする冒険を仕事として任せてくれた汐見の家のオーナーの、のぶ子さんにはとても感謝。

 

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3/15には、佐島の島四国を一部歩いてみようというイベントに参加。やはり、島は海あり山ありで起伏に富み、歩いていて変化があるのが面白いです。実際に観光客向けに楽しんでもらうためのイメージを持つことができました。また、実際に案内をするだけでなく、地域の方のご協力のもと、札所に花を置いたり、道を掃除して保つような取り組みも必要そうです。

 

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そして、周辺の平家の落人伝説など歴史を持つ弓削島、神社や武具が有名な大三島、塩で知られる伯方島、柑橘がとれる岩城島など今回訪れた周辺の島と合わせて回ると、広くしまなみの多様性を味わうことができます。このエリアはサイクリングが盛んですが、まだまだ徒歩で縦断する文化は少ないです。もっと地域のディープな部分を味わってもらうためには、歩くというのも選択肢のひとつです。

 

また、今回お話をさせていただいた、汐見の家、フェスパの三好さん・tokonomaの加藤さん(弓削島)、さわき旅館のこうきさん(大三島)を始めとする皆さん、話を聞いてくださり、本当にありがとうございました。何か、宿泊とセットで提供できるようなツアーをつくって、島を盛り上げられたらと妄想は膨らみます。

 

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まだまだこのウォーキング企画を作る計画は道半ば。参加者には島四国を歩くことで、どんなワクワクを提供できるかを考えていかねばなりません。道の札所を発見する喜びもあるし、観光地とも違う息づく暮らしを見る楽しみもあります。実はダイエットや健康のために歩きたい人もいるし、歴史を感じたい人もいるはずです。テーマをもうけるのか、ただ歩くという企画にするのかでも違います。

 

何はともあれ、今回は島のゆったりとした豊かな日常を思う存分味わえて、本当に楽しい毎日でした。また、次回の滞在が楽しみです。

【2020年2月】石川県加賀市・獅子頭の写真撮影まとめ

2020年2月の獅子頭撮影をした際に見たこと、聞いたことをここにまとめておく。ブログ記事というよりかは一次資料に近い形で、とりとめもなく情報を羅列しておきたいと感じ、ここに記す。  

 

2020年2月23日

合河町毛合 (団長・なかみちさん)

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合河町川尻は以前撮影したのだが、青年団からinstagramにメッセージがあり、「毛合にも獅子舞があるんです」ということで撮影に伺った。川尻と毛合はもともと別の町だったという。2つの獅子舞が出発する神社の距離がかなり近く、同時に祭りを開催したら盛り上がったとのこと。ここでは、サンバさんを使用し、カラフルな紐のついた棒を子供達が祭りで使用する。子供達が白装束を身に纏うのが印象的だ。獅子頭は井波で制作しているという。

 

 

2020年2月23日

瀬越町 (いりふねさん、団長・三丈さん、副団長さん)

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一刀彫りと繋ぎで作っている獅子頭があり、一刀彫りの方が値段が高い。舌がくっついているものと取れているものが存在する。檜を使っているため、肌が荒れることがあるという。女性は、昔は獅子舞に参加することができなかった。その理由は、「獅子舞を触らすこと=汚れを触らすこと」と考えられていたからである。今は、時代に乗って、繋いでいくということが重要視されているため、女性でも参加可能ということになっている。昔は、獅子舞は楽しいから参加するという動機だったが、最近は使命感でやらなければならないという考え方が増えているので、参加する動機について再度考えていかなくてはいけない。春と秋に祭りがあり、春は3年に一回、大祭を行う。3年に一回の理由は、家庭に金銭的な負担がないようにするという配慮である。昔、この地域は北前船の交易などで、全国で3番目にお金持ちの町だったと言われており、石川県で1番早くコンクリートが導入された場所でもあるため、そのことを地域の人は誇りに思っている。

 

 

2020年2月24日

三谷(案内:久保出さん) 

10:00 曾宇ソウ町 (斉藤区長さん、川崎さん)

10:30 日谷ヒノヤ町 (西口区長さん)

11:00 直下ソソリ町 (中野区長さん)

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金沢大学文学部文化人類学研究室・近藤加奈さん(2004)「三谷地区の獅子舞」によれば、曾宇と日谷の獅子舞の起源は日谷の住民のM氏の親戚である大聖寺下福田の島崎三郎さんに舞い方を習いに行ったのが始まりとされている。また、直下の獅子舞の起源は昭和初期に橋立地区田尻町に習いに行ったのが始まりとされ、田尻町は直下と同じく菅原神社である。獅子頭に関しては曾宇が獅子吼での制作、直下が山下耕作氏の寄贈(1936)の後買い替え(2003)という情報があった。

 

 

2020年2月24日

熊坂町(北出さん、団長・中谷さん)

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みきのこという団体によって、周辺の町と合同で獅子舞を子供達に披露するイベントが開催されている。普段は怖い獅子舞でも、馴染みやすく感じられるとのこと。驚いたのは、獅子の胴幕がものすごく長いことだ。踊る際には、7人が中に入って、獅子を動かすとのこと。ちなみに、個人的には髪の毛がパーマのようにクルクルしているのが良かった。

 

2020年2月25日9:00

南郷町(小谷さん)

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前田利家の家来に岡島という人物がいて、その人が亡くなった場所とされており、前田の巨大な幟旗が残されている土地。2頭の同じデザインの獅子頭が存在して、買い替えの際に全く同じものを再現したと思われる。獅子頭は井波で作っているとのこと。神社の階段はとても急で、社の数が多い印象だ。町の人は獅子には関心が薄く、幟旗に対してはかなり誇りを持っているように感じられた。獅子舞の祭りは毎年、春と夏の2回開催される。

 

2020年2月25日11:00

石川県加賀市立中央図書館

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僕の作った獅子舞本「我が愛しの獅子鼻」を寄贈

 

 

2020年2月25日15:00

金沢市波自加彌神社

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金沢市役所に許可をもらい、金沢最古の麦喰獅子を撮影する許可を得た。宮司さんは木曽義仲の家来の子孫とのこと。実際に行ってみると、3体の獅子頭を拝見して、撮影することができた。富山県井波で作られた「養老獅子」は、角が曲がっていることを根拠に雄獅子と判断していた。また、八幡の大獅子は作者不詳で、雄獅子であるが現役を引退した際に魂を抜くために角を抜いたという。また、お待ちかねの麦喰獅子は金沢市指定文化財に指定されており、名称の由来は夜な夜な獅子頭が神社の近くの麦畑を食い荒らしたため、金網をかけて出られないようにしたからとのこと。獅子頭のルーツについて尋ねたが、下呂温泉にある狛犬博物館を作った上杉千郷さんの「獅子舞の起源」という本に出ているかもしれないとおっしゃっていた。石川県立図書館で調べてもらった所、「獅子・狛犬の源流を訪ねて」というタイトルの本ではないかとのこと。国立国会図書館に所蔵されているらしい。

 

 

2020年2月25日19:00

石川県立図書館・郷土資料の閲覧

石川県の獅子頭及び獅子頭のルーツを調べた。獅子舞自体が全国的に民衆に普及したのは、やはりどの本を見ても平安時代後期から鎌倉時代以降である。当時の藤原政権の衰退と、武士の台頭の時期とも重なるが相関性があるかは定かではない。以下、石川県立歴史博物館「獅子頭」を参考に書く。

 

<奈良・平安時代獅子頭

最古の獅子頭は奈良の正倉院に伝わる伎楽用の九面で、天平勝宝4年(752年)の東大寺大仏開眼供養時のものとされており、七面が桐、二面が朴(ホオ)を使用している。また、法隆寺には、平安後期に作られた行道(僧侶がお経を読みながら歩くこと)の獅子頭が対で残っている。他には、広島県の御調(みつき)八幡宮のものが平安時代製作であるとのこと。

 

鎌倉時代獅子頭

全国に残る鎌倉時代獅子頭は、以下の8箇所に存在する。制作年含めて、明記しておく。ここで、初めて石川県の獅子頭が登場する。お隣の岐阜県にも2箇所登場している点は興味深い。

・弘安3年 1280年 三重県 伊奈冨(いなう)神社

・正安3年 1301年 広島県 丹生(たんじょう)神社

嘉元2年 1304年 岐阜県 真木倉(まきくら)神社

・嘉元3年 1305年 山梨県 諏訪神社

嘉元4年 1306年 岐阜県 諏訪神社

・元享2年 1322年 山口県 花尾八幡宮

元享2年 1322年 石川県 津波倉(つばくら)神社

・嘉暦3年 1328年 熊本県 熊野座神社

 

※追記

建長4年 1252年 愛知県 日置八幡宮

年記銘がある日本最古の獅子頭「日置八幡宮木造獅子頭」が存在ことがわかりました。詳しくはこちらのリンクを参照ください。

 

室町時代獅子頭

ここからは、石川県と近隣に絞って、獅子頭の制作年と保管場所を見ていく。

・応安5年 1372年 珠洲市 白山神社

・文明13年 1481年 八尾町 紫乃社(富山県

・天文13年 1544年 七尾市 藤津比古神社

・不明 金沢市 波自加彌神社*鎌倉時代

 

獅子頭は祭礼神事や芸能を盛り立てるという演じ手の「道具」であるのと同時に、職人の手を介して作り上げられた「彫刻」「工芸品」でもある。舞い手を失い、眠っているものも多く、その価値を再考できたらと考えている。舞自体の起源は、石川県志賀町徳田においているため、そこから南下して伝播していったと思われる。

 

以上、参考文献の内容である。獅子頭のルーツを探るには、まずどこで獅子頭が作られたのかを全国的に年代順に並べてみるという手法は有効だ。ここから個別の獅子頭に対してヒアリング調査を行い、さらに今後知見を深めていくこととする。

 

撮影した写真はこちらに掲載していきます

https://www.instagram.com/kagashishimai/

 

【石川県加賀市】1期生 いなむーから見たPLUS KAGA(4期・冬)5日目

こんにちは、寝癖がひどかったいなむーです。

 

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今日は、昨日行われたPLUS KAGA最終プレゼンの様子と、今期を振り返って自分自身が感じたこと、考えたことを書きます。

 

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前半は4期生のうっちー、あおい、ザキヤマダ、ないき、アビー、あまねが加賀市での今後のプロジェクトについて、1人1人プレゼンテーションと質疑応答を行なった。

 

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その後は、OBOGのつばさとなおき、PLUS KAGAを日頃サポートしてくださっているルロワさんと飯貝さん、大聖寺高校の5名を交えたトークセッション。

 

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今年は、PLUS KAGA 4年目。年々、学生の提案する内容もレベルが上がってきていると感じる。一番大きく変わったのは、大学生が「実際にプロジェクトを実行に移す」という部分がより実践されていることだろう。1~2期生は10人以上の参加学生がいたが、3期生で8名、4期生で6名と、徐々に定員も絞られ、年々レベルの高い大学生が集まっているという印象だ。4期生は選考も行われたと聞いている。

 

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最終プレゼンでは、あまねがプレゼン中にスマホで会場の電気を灯した。突然の出来事でびっくりしたが、IOTを学んでいて技術がすでにあり、それをどういう形で地域課題の解決に生かしていくかをリアルに思い描いている。実際に僕が1期生の時に、自分自身アイデア止まりのことしか考えられていなかったので、すごいなと関心した。

 

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最終プレゼンの会場では、グッズコーナーも設置していた。ザキヤマダのヤギミルクの石鹸と、うっちーがもらってきた滝ケ原石のコースターなどがそれぞれ完売。実際に、自分で何かを作って販売するなど、実行に移すスピード感がすごい。

 

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最終プレゼンでは、その「実行力」を再確認できた。思い返せば、ないきの「ないきっちん」では、前日に少し宣伝しただけにも関わらず、外部からの参加者が25名ほどの大盛況なイベントを行なった。また、アビーは、加賀市民に「死」に関するアンケート調査を行いすぐに約50人の回答者を獲得。あおいの散歩も他の大学生が爆睡している中で朝早起きして、散歩者にインタビューをたくさん行なっていた。

 

4期生は今回の滞在で大活躍だったが、「今後」について考えることはとても大事なことだ。やはり、プロジェクトを通して、地域に継続的に関わる大学生が増えるか、あるいは、大学生が立ち上げたプロジェクトが地域に根付くというのは1つの成果である。今後は、PLUS KAGAを通して、大学生が加賀に移住してくれるということも増えるのではないだろうか。

 

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1期生のつばさはトークセッションで、「自分がいなくなっても地域でプロジェクトが根付いていくことが大事なのではないか?」と提起していた。メソッドのような仕組みを作って、それが継承されていくという発想だ。確かに、継承可能なものは、どんどん継承されるのが良い。

 

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そういう意味でも、3期生のなおきが言っていた「輪の広がり×時空の広がり」に関して、PLUS KAGAで作られた縁がどんどん広がってほしい。
 

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一方、メソッド化の困難な大学生個人のニッチな興味と熱量によって成り立つプロジェクトはどう考えたら良いのだろうか。大聖寺高校の前川さんは、「自分の高校では地域課題から発想するというというやり方をしていたけど、PLUS KAGAの大学生は自分の興味をもとにプロジェクトを作っている。」ことに気づいたという。何れにしても、継続的に1人1人の大学生がプロジェクトで長く地域に関わってくれたら、「関係人口」が増えるし、大きな成果といえるだろう。

 

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飯貝さんも、実戦の場が広がり、関係人口が増えていくということについてお話しされていた。

 

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それだけではなく、第二の故郷のように気軽に遊びにこれるという地域との関係性ができることは、これもまた重要なことである。1期生のくろちゃんは、「今度加賀で結婚式をします!」と言っていて、僕含め皆びっくりしていたが、これは想定外の嬉しいことだ。

 

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大学生が来たことで、加賀ってなんか変わったよねって言われたら嬉しい。地域の方は個人プロジェクトで大学生が来るたびに、車で送迎してくださったり、宿泊先を提供してくれたりと本当にお世話になっている。地域と大学生の接点になってくれている方の存在はとても大きい。ルロワさんは、「世代の階段を地域でつなげる」と表現されていた。

 

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最終プレゼンでは、後ろの壁に過去の参加学生のプロジェクト紹介も貼られていた。その横では、卒業論文が読めるコーナーもあった。休憩時には、たくさんの人がOBOGの活動に目を向けてくれていた。また、この掲示を始め、椅子の準備、ステージ作り、グッズコーナー作りなどの会場準備には、たくさんのOBOGが関わっている。

 

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OBOGが通ってくれてこそのPLUS KAGAであることを、今回改めて実感したのである。今回、最終プレゼンの見学だけ含め、来てくれたのは1期生がゆりあ、つばさ、くろちゃん、かめちゃん、2期生がしゅうぞう、はらしょー、3期生がまっちゃ、だいちゃん、なおきだった。これからも、PLUS KAGAや地域に関わる大学生が増えてくれたら嬉しい。

 

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今回もPLUS KAGA期間中に更新していた「1期生 いなむーから見たPLUS KAGA」を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!運営の三島さん、ゆりあさん、コラム執筆の助言をしてくださり、感謝です。4期生もこれからどんどん面白いプロジェクトを加賀でやってくれると思いますし、僕自身も獅子舞の撮影などでもこれからも通い続けます!これからも、加賀市の皆様、よろしくお願いします。