【2020年10~11月】石川県加賀市 獅子舞取材6日目 片山津温泉6区

獅子舞取材で加賀中を旅させてもらっている中、今日は片山津温泉6区の獅子舞を取材した。これで1~6区は全部取材させていただいたことになる。案内人は山口美幸さん。地域の人脈が少ない中で、いつも本当にたくさんの方を繋げてくださっている。また、獅子舞のお話を聞かせてくださり公民館の鍵を開けてくださった6区の前子供会会長・金子敦子さん、元まちづくり会長・本田義勝さんにも大変お世話になった。僕の撮影の様子は大城優香さんに撮影いただいた。それでは、今回伺った話をまとめておく。

 

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この地域の獅子舞の始まりは、戦後だったとか。戦争から帰ってきた人々が富山県砺波市で習って、それを片山津温泉6区に伝えたらしい。これは昭和23年(1948年)生まれの本田さんが小学生頃のことで、まずは町内会の中で有志が集まって、「青葉会」という会を作り獅子舞も始まった。戦前からやっていたのは、近くだと潮津とか橋立あたりか。

 

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獅子頭は2つある。本番用と練習用があって、本番用の裏側には昭和53年に井波で製作されたと書かれている。練習用の方は何も記載がない。この何も記載がない獅子頭、かなり古いものだと推測される。昔、鎌倉時代に修行僧が使っていた行道の獅子頭に似ているのだ。ネジで修復されているので、古いものを修理して使いまわしているか、もしくは昔の獅子を真似して作ったのか。定かではないが、木を剥き出しにした様相は古代を連想するし、鼻と口の紅色は魔除けの意味なのではないか。このような色付けは狛犬でもたまに見かける。練習用の獅子頭ということで、桐の木で軽い作りとなっている。また、片山津の本場用の獅子頭には、どこもなぜか耳を保護する耳あてがついている。他の地域では見られない特徴である。

 

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その他の小道具の特徴について。温泉街の獅子舞ということで、衣装がとても華やかである。旅館でも舞ったそうだ。太鼓には、昔制作年が記載されていたようだが、その部分がかすれて見えなくなってしまっていた。「片山津温泉 湯の谷町 青葉会」の記載があり、この地域が昔湯の谷町と呼ばれていたことが伺える。また、棒振りは元々薙刀を使っていた。正確には、棒の片方に薙刀を使い、もう片方にフサフサの布をつけていた。しかし、今では華やかで動きが出るように両方フサフサをつけている。

 

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舞いの特徴は片山津温泉の中でも少しずつ違う。6区は子供が参加しやすいように指導を厳しくしないようだ。子供達は人前で獅子を披露することにやりがいや達成感を感じるそうだ。三番叟の衣装は暑いし化粧はドロドロになるが、わいわいするのが楽しいのと合間にアイスやジュースがもらえるのが楽しいらしい。5区は指導をしっかりやるという話を他地域で聞くことがあるが、6区は子供への間口を広くしている。このような地域性の違いもあるのかもしれない。舞いをするには、リズムを覚えることが肝心である。6区は家族で一緒に舞うこともあるそうで、子供も自然とリズムを覚えていく。次世代継承の方法は地域によって違うのである。舞いの種類は5つあり、その内2つが三番叟(さんばそう)とのこと。舞いの数は昔と変わらない。

 

また、お花代は旅館が多くて1万円、個人だと1000~5000円。昔は個人で5000円が普通だったが、景気が傾いてからは1000~3000円が多くなってきた。お花代が高ければ、舞いの数を2~3曲にすることもあるという。

 

獅子舞の本番は、8月第4土日の湯の祭り。昔は6月、7月に行われていたが、現在は8月に行うということで定着している。舞い手の子供は小学生が1学年に1人で6人いて、あとは人が足りないので幼稚園の子も参加可能としている。ただ、担い手は年々減り続け、山代・山中に比べると観光客が少なく、住む人も少ないという意識があるそう。保育園も統廃合を繰り返している。

 

撮影とインタビューで5時間半。かなりじっくり、たっぷりと取材させていただき、とても充実した時間となった。改めて、お世話になった美幸さん、本田さん、金子さん、大城さん、ありがとうございました。

 

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担い手がいないことが獅子舞における一番の課題である。獅子舞が途絶えそうだとか、途絶えたとかそういう話もよく聞く。魅力を伝えるべきなのは、子供達に向けてなのではないか。今日たまたま午前中に育児サークルを見学したが、それもあって今日は「次世代」というキーワードを強く意識する日となった。