獅子幕のない非常に豪華な獅子がいるという。千葉県木更津市小浜水神社祭礼で登場する獅子舞の練習を拝見するため、小浜集会所に伺った。担い手の大森さんにinstagramで連絡をいただき、練習にお越しくださいとのことでご紹介いただいた。
木更津駅で合流ののち、車に乗せていただき、練習場所の小浜集会所に到着。若い担い手の方々が、縁側で太鼓を叩いて練習を実施されていた。半分外だったので、トントントンと軽快なお囃子の音が夜の街に響き渡っていて、虫の音と共に聞いていると、非常に風流な光景である。カメラを回しながらも、しばしその風景に浸った。

太鼓の数は大太鼓1つ、小太鼓6つとずらりと並んでいた。お囃子を担当している方々は主に20代までの男女のようだ。「木更津で太鼓が一番うまい!」と太鼓は自信を持って練習しているとのこと。小さい子どもたちは太鼓の上の皮の部分のみ外れたものを練習に使っていた。古いものもしっかりと、有効活用である。ちなみに一時期は「獅子ができないから、50年くらい前に御輿をしていたこともあった。でもそれから数年で子どもたちは太鼓の方に夢中になった」という話もあった。現在の小学生が太鼓に夢中になっている姿の始まりはここかもしれないとも思った。
小学校1年生の頃からはじめて、残る人もいればずっと20代になっても続けてくれる人もいる。まず太鼓からから始めるとのこと。回覧板を回して、勧誘しているそうだ。小学生のお母さんにもお話を伺ったところ、「お父さんが祭り好きでその影響で小学1年生の息子も興味を持った」ということだった。このような家族の影響で始めるということもありそうだ。
集会所の中に入ると、年配の方々もずらりといらして、歴史や由来などさまざまなお話を伺えた。また、祭礼の獅子舞の動きを再現していただいたり、獅子頭を持たせていただいたりと、とてもありがたかった。30年前くらいの獅子舞のビデオを見せていただいた。19時過ぎから21時までと、短い時間だったが、非常に充実した濃い取材になった。また僕の本を読んでくれた方もいて、恐縮ながらサインを書かせていただいた。最後にお土産に梨をいただいた。幸水だろうか、非常に甘くて大きくて驚いた。

小浜水神社の獅子舞の概観
木更津市『市制施行70周年 図説 木更津のあゆみ』(平成24年11月3日)P267によれば、千葉県木更津市の祭りは沿岸集落で7月に行われる夏祭りと内陸集落で9〜10月に行われる秋祭りに代表されるとのこと。この中で水神社の祭礼は江戸囃子の流れを汲むもので、笛・鉦・太鼓を用いて演じられ、木遣りと「獅子まき」と言われる獅子舞の系統である。獅子まきは市内19箇所で実施されているようで、獅子の頭数や実施場所の違いなどがあるが、その構成は似ているところもあるようだ。担い手から「木更津の獅子舞はなかなか集まって競い合うということがない」というお話も伺った。
獅子まきは獅子幕の両側を10数人が持ち巡遊するもので、この人々は獅子幕の中に入らない。水神社の祭礼では、獅子幕の巻毛紋が2重となっており、大変珍しい模様だ。獅子の威厳が非常に強いように感じられる。ただし、この幕に関しては後ほど詳述するが、現在は使われていない。
水神社の祭礼では、以前は獅子が家を一軒一軒回る門付けをしたり、各6拠点ごとに舞いをしていたりということもあったが、現在は神社の境内での舞いを実施することになっている。今年(2025年)は9月14日に本番が行われるとのことである。三連休で、準備、本番、片付けを実施する。実施主体として、昔は漁師や農家さんが主だった頃は青年団があったが、今は企業で勤め人が多くなったので、自然消滅という形で青年団という仕組みはないようだ。その話を伺っていてもともとは大漁祈願の祈りが強いお祭りなのかと思ったが、「祭りの時は御輿の鳳凰に稲を食べさせるんです」とおっしゃっていたので、五穀豊穣の祈りもあるようだ。また話は変わるが、水神社の社額を書いたのは山岡鉄舟らしく、獅子の形態を見てもどこか格式が高い神社にも思える。

餌を食べるメスとそれを見守るオス
水神社祭礼の獅子舞の流れを見ていこう。まずは小頭によって拍子木が打たれて、木遣り歌が一節唄われる。拍子木には「神徳著穏郷里」と書かれている。ご神徳が里に宿っているということだろうか...真意は定かではない。

歌われる木遣り歌はこの様な内容だ。やや下ネタが入っているそうで、学校の校長先生から際どい内容というお話をもらったこともあったそうだが、現代人にはなかなか読解がむずかしく、ただ楽しげな雰囲気の歌詞であることはわかる。
めでためでたが、水かさなれば、庭にゃ鶴亀ごようまつ
富士のしらゆきゃ、朝日にとける、娘しまだは寝てとける
咲いて見事な、小田原つつじ、もとは箱根の山育ち
沖で鯛釣る、浦島太郎、開けてびっくり玉手箱
伊豆じゃ稲取、上総じゃ小浜、粋な若い衆の声がする
以上の5つの木遣り歌を主にランダムで歌う。現在は3~4人の男女が持ち回りとなり、この木遣り歌を歌うことになっている。
それから雌雄の獅子と尻尾が相互に入れ替わり見つめ合う仕草を時計回りに2周して終了となる。この際に雌獅子は食べ物を食べる仕草をしており姿勢が低く、雄獅子はその様子を高い姿勢から眺めながらそれを取られないように見守っている表現とのこと。一種の求愛行動の意味もあるようだ。動物の習性をうまく表現している。
雄獅子も雌獅子も3人ずつ演じる。獅子の両側面を持つ係2名で獅子を横に揺らし、後ろの人は耳の軸棒を持ってそれを振るわせる役割である。担い手によれば「この獅子は短距離走みたいなんですよ、実際に獅子やっている時間は1分くらいなんです。腕を伸ばしてちょい曲げくらいが、雄獅子はかっこいいんですよ」とのこと。
また尻尾は獅子頭を動かしている際に、手で握り切らずにての上に乗せて転がす様なイメージで動かすようである。あとはお酒を入れて、獅子の両端に置く飾りもあった。これは昔、榊だったようだ。

獅子幕の背景
さて、気になるのは立派な二重の巻毛紋が形どられた獅子幕がなぜ使われなくなったのかということである。「獅子幕は小学校の時にはあったなあ、45年前くらいの話です」。幕も獅子頭について歩いたという。ただし、「子どもだと遠心力で振り回された様な時もあった」らしい。安全性への配慮や担い手不足などから、獅子幕を使わなくなったということかもしれない。
以前専門家に見てもらったら、獅子幕は頒布生地の「葛城」を使っているとわかったらしい。葛城は神社の幟、舟の帆などに使用される生地である。染色もかなり褪せているが、濃い茶色だった可能性もある。個人的には横幅が狭いのも特徴的だと感じた。入る幕ではなく、外側で持つ幕なのだ。よって遠心力が発生するのもうなずける。
しかし、獅子幕がない今もなお、祭りの賑やかさを残している。獅子頭と尻尾だけでも成り立つのは、とりわけ獅子頭作りの豪華さも関係しているような気はする。

非常に豪華な獅子頭
「獅子頭は150年前くらいに購入した」そうである。金の値段が上がっていて、「もし金箔を貼り直したら700万円ですね」と業者がお話ししていたらしい。雄の額にはうねりがあり睨んでいるようだが、雌の額にはうねりがなく穏やかだ。また、雄には長い角があり、雌には丸い宝珠が乗っている。ここと浦安と稲取に、同じ人物が3体制作して納めたという噂もあるが、その人物が定かではない。どうやら漆がすっかり綺麗に塗られており、獅子頭の裏側にも製作者のお名前が書かれているのかは確認できなかった。
この獅子頭は鳥越神社や浅草神社のような非常に格式高い都内の神社の祭礼で拝見した獅子頭に似ているように思える。僕の知り合いの獅子頭職人によると、横浜洲崎神社の後藤義光作の獅子頭に特に似ているとのこと。後藤義光といえば、江戸時代末期〜明治時代に獅子頭職人として、超一流の腕前の名工として名を馳せた人物だ。
個人的には、静岡県焼津の獅子木遣りとの類似が見られると思う。似ているポイントとしては、獅子幕の両側を10数人が持ち巡遊する点、獅子頭の威勢の良い雰囲気と眼球が蛇目であること。そして、木遣り歌と獅子の融合が見られる点である。また雌雄一対であることも特筆すべきである。
