三匹獅子舞には雌獅子隠しの演目が多くの団体の共通演目として存在する。雌1頭を雄2頭が取り合うという構図で、雌1頭は花笠4つによって囲まれておりそれを探し出すことを競うような演目である。これは関東の三匹獅子舞はもちろん、東北地方のしし踊りにも数多く存在している演目である。それにしても、恋の三角関係の物語はなぜ各地で登場するのだろうか。関東以北に多数分布することを考えれば、おそらく縄文・弥生といった古くからの思想を受け継いだ中国大陸文化を積極的に受容する以前の思想がそこに現れていると考えられなくもない。そういえば静岡県島田市抜里で結婚式の際に雌獅子を隠すという演目があると聞いたが、それは近年の創作であり、創作者自身が三匹獅子舞に雌獅子隠しの演目があることを知らなかったことから、偶然の一致にしても偶然すぎると驚いたものだ。この演目の原始性や人間に普遍的に訴えかける何かがあるという思いは以前から持っていた。
そこでこの雌獅子隠しの謎に一石を投じた論文が、伊藤 純『「三匹獅子舞」の儀礼論―行列と舞という二重構造に着目して―』(2010年3月)である。ここでは「雌獅子探し」ではなく「雌獅子隠し」であることに注目している。つまり、隠すのは花笠であり、探すのは雄獅子である中で、「隠す」方に重きを置いて語られている点が重要であるとのこと。なるほど、獅子舞の恋の物語は後から考えられた創作であり、本質は花笠が雌獅子を隠すことにあるようである。ここでのささらは聖と俗の結界を規定する存在なのだろう。それが4体あるというのはある種、東西南北や四天王などと関係する空間全体を構成してそこに聖なるフィールドを現出させる呪法のようにも思える。そしてその花笠の役を授かるのは通常、初潮を迎える前の女性が相応しいとされており、穢れなき若き女性がこの役にあてられてきた。この花笠の役は神の依代になっており、花笠が持つささらは竹であるが、この竹はカエルの声などと言われ雨乞いの象徴でもある。つまり雨が降った先にある豊穣への願いでもあるのだろう。花笠が囲う先に蹲る雌獅子はおそらく生贄であり死者だ。人間、生き物のマージナルな存在「シシ」が大地への生贄として捧げられ、それに対して囃し立てることによって、雨が降り、そして新しい実りをもたらす。輪廻転生、死と再生の連鎖を思い起こさせる。雄獅子は戦いによって大地を賑わし、その先に雌獅子という聖を探し当てる。ここに死という穢れから聖への転換が見られ、これはどこか冬から春への季節の転換、あるいは春から秋にかけての稲作の豊穣への予祝を見ているようでもある。
聖なる空間を作り出して、そこに神様を降ろす風習はさまざまなところで見られる。三匹獅子舞だけでなく、太鼓踊り系のしし踊りではささらと呼ばれる非常に長くて白い象徴的な装束がありそれを踊り手が背負うわけだが、これは3mの竹に白い障子紙を花が咲いているように巻き付けたもので神具の御幣と同じような役割を果たしていると言われる。それを地面に叩きつけたり、それを付けた何頭もがぐるぐると円を囲むように踊る姿が見られる。これも同じ原理であろう。諏訪の御頭祭では御贄柱に幼子を「御神(おんこう)」という役で縛りつけ、神官が小刀で刺そうとした瞬間に止めて子どもは解放されるものがある。ここに見られる御贄柱とは花笠同様に神を呼ぶ柱であり、その先には生贄が捧げられたということだ。「ミッドサマー」の十字架をぐるぐる回る動きや、「かごめかごめ」の歌にも同様な意味があるとのこと。
ところで簓(ささら)の起源は、猿楽能の『自然居士(じねんこじ)』によれば、遊牧民が用いた素朴な竹製の民俗楽器に「簓(ささら)」であり、タケの多いスラウェシ(セレベス)やボルネオの諸島では、神事や村祭りには今でも簓が盛んに用いられていたそうである。南太平洋の島々を源流として黒潮によって伝わったこのささらという楽器は、日本に聖と俗の結界を作る意味でも広がった。この思想は中世の仏教にも見られたようである。
また、結界の習俗はもともとインドのもので、穢れに関わる魔障(修行を妨げる悪魔の障害)の侵入を防ぐというバラモン教やヒンドゥー教(マヌ法典)の触穢思想の呪法に基づいており、これが後のカースト制度における「浄・穢」の考え方に結びついている。その思想に大きく影響を受けたのが密教であって、日本にもその考え方が入ってくることとなる。これは聖と俗の区分だけではなく、穢れを忌避して神聖な内部空間への立ち入りを未然に防ぐという結界の思想が根付いたのである。ちなみに真言密教と共に入ってきた「天竺」「アビラウンケンソワカ」などの言葉が、三匹獅子舞の歌に見られるのは、偶然ではあるまい。つまり三匹獅子舞の成立には密教の教えが取り込まれているのである。「アビラウンケンソワカ」は大日如来に祈る時の呪文で、アビラウンケンは「地水火風空」を表し、ソワカは「成就」の意を表すという。
参考文献
伊藤 純『「三匹獅子舞」の儀礼論―行列と舞という二重構造に着目して―』2010年3月
沖浦 和光『竹の民俗誌 日本文化の深層を探る 新装版』現代書館, 2018年4月
Youtubeチャンネル ゆる民俗学ラジオ『獅子舞にも三角関係がある。【獅子舞3】#91』(2024/09/08)
https://youtu.be/O8s459OdyVY?si=QnoAUWCzBKH_K3Z7
Youtubeチャンネル ゆる民俗学ラジオ『獅子舞の「獅子」はイノシシかもしれない。【獅子舞2】#90』(2024/09/01)