【2021年7月】石川県加賀市 獅子舞取材6日目 河南町・大聖寺永町・大聖寺下福田町東組西組

7月6日 

本日も石川県加賀市の獅子舞の取材を行った。今日の取材先は、河南町、永町、下福田町東組西組の3地域。どのようなお話を伺えたのかを振り返る。

 

河南町

河南町民会館の事務員の方に獅子頭を見せていただいた。赤い3つの獅子頭と金色の飾り獅子があり、赤くてもっとも新しい獅子頭には激しい渦模様の格好良い蚊帳が取り付けられていた。地域の獅子舞経験者の方々のお話によれば、毎年9月の敬老の日付近に秋祭りを行い、獅子舞を実施する。獅子舞の当日の日程は朝4時から出発して夜8時まで舞う(全部の家を回った後、最後に町民会館で舞う)。獅子舞の運営は青年団が主体となっている。ただし、人手不足、後継者不足などの課題もある。ご祝儀によって舞い方を変えるかという点では、昔長さの違いがあったけど今はどこも同じような気がするとのこと。獅子頭は5年前くらいに還暦の人達が獅子頭を寄贈してくれた。獅子舞を実施するのに必要な人数は、太鼓2人、獅子頭1人、蚊帳に4人である。

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大聖寺永町

永町区長の曽谷幸夫さんにお話を伺った。獅子頭が6つも残されていた。1つは昨年に新調したもので、そのほかに過去に使っていた獅子頭が3つあった。これらは神社の社務所に残されており、その他の2つは町民が奉納した飾り獅子で、永町公民館の中に保管されている。お祭りのメインで使っている獅子頭は鶴来の知田工房で作ってもらったそうだ。ただ、目の玉は富山県由来のようなデザインである。過去の獅子頭の表情などを参考に作ったと思われる。2代前の区長さんが獅子頭制作の発注を行い、100万円以上はかかったようである。ただ、伝統継承か宝くじか何かの助成金で全額賄うことができた。昔の獅子頭の中には、菅生町のものと似ているものもあり、菅生町のものが江戸時代作なので、かなり古いことが推測される。また、耳毛が生えている獅子頭があり、これもかなり古い形態と思われる。太鼓は浅野太鼓で作ったもので、両打ち太鼓なので高価だ。

 

獅子舞のお祭りは3月と9月で、それぞれ秋分の日と春分の日の前後あたりで行う。コロナ禍で奉納の舞しか獅子舞はできていない。公民館ではなく神社の社務所で2週間練習を行う。ここ何十年は先輩からの継承で伝わってきたが、最初はどこから伝わったか定かではない。獅子舞の種類は1種類である。獅子が邪気を払う舞いをするので、獅子を退治する獅子殺しの舞いではない。岡町の舞い方と似ている。永町の中には130世帯(昔は200世帯)あり、大聖寺77町の中でも3番目くらいに世帯数が多い。そのうち班長、役員、世話役、おめでたいことがあった家など50~60軒をまわる。獅子頭が保管されている大原神社は昔、「河荘神社」という名前だった。この神社には昭和の頃に獅子頭の寄付があって、その時の記録が木の板に書かれている。大卒の初任給が1万円くらいの時代だったので、今でいう5万円の寄付をたくさんの方に募って作ったということがわかる。公民館には、江戸時代や明治の手紙、戦後以降の区長さんの名前とその年にあった出来事などを記録している。この地域は本当に記録が豊富である。また、狂言由来の大江山の鬼退治の絵が伝わっており、これは大聖寺狂言文化が根付いていたことがわかる。

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大聖寺下福田町東組西組

下福田町区長八幡神社の氏子総代である西出都芳さんにお話を伺った。獅子舞の祭りは毎年春分の日と秋。秋の祭りを夏祭りと言い、昼に獅子舞を行う。祭りは3日間行われる。当日は11時ごろから奉納の舞を行い、まずは大同工業やJAなどの企業を回ってから、町内を回る。獅子舞がどこから伝わったのかはわからない。江戸時代の話かもしれない。昔は春も秋も獅子舞を練って歩くのについて来る子供たちにお菓子を渡した。簡単なおかずとおにぎりを渡したりすることもあった。15.6人も子供たちがついてきたこともある。西出さんもよその家で呼ばれた時にたくさん食べ物をもらったことがあり、食べ過ぎたことが思い出深い。

 

昔は秋の夏祭りで盆踊りが行われていた。現在は行われておらず、人手不足や太鼓をのせるヤグラの老朽化などが原因だ。盆踊り太鼓の叩き方の伝承が途絶えてしまい、 復活が難しいのが現状である。また大きな提灯が社務所に保管されていたが、提灯は盆踊りのヤグラに飾るものではなく、 神社本殿の軒先と神社入り口の参道の途中に飾るものとのこと。ヤグラに飾る提灯は直径が60センチぐらいの提灯で、 太鼓を照らすものであり、サイズは小さい。提灯は祭事の他に旧盆の間、迎え火、 送り火の代わりとして吊るされて点灯していたという習わしがある。 横殴りの雨が降るとすぐに傷みが来るので急いで片付けに行ったこともあったそうだ。

 

獅子頭八幡神社社務所に3体保管されている。一番新しい獅子頭は髪が長いのが特徴である。一番古い獅子頭の髪はドレッドヘアだ。今青年団のメンバーは約10人ほどで、20~30代前半なので若い。舞い方は2種類あり、親方(青年団団長)の家は長めに舞う。ご祝儀の金額は3000~10000円の間が多い。獅子舞は近年、コロナの影響で中止している。昨日神主さんと相談していたら、他の町は中止のことが多いということでその流れで今年も中止になってしまった。親方(青年団団長)には西出さんは氏子総代を務めており、そのポジションでお祭りに関わっている。

 

この地域が、東組と西組に分かれている理由は、組長制度が下福田町が採用しているから。下福田町の下に、東組・西組・山岸・犬澤の4つの組があり、生産組合も4つに分かれているのだ。後半二つは地域名を組名として採用している。これは下福田町の規模がとても大きいということを意味しているのかもしれない。約80軒を4つの世帯に分けており、そのうち半分以上(50軒)が東組・西組に属している。この地域を獅子舞が舞う。神社は東組・西組で1つとなっている。

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