【岩手県遠野市】クリエイターレジデンス7日目・しし踊りの撮影とヒアリング

イナムラです。つくる大学のクリエイターインレジデンスに参加しています。鹿踊を始めとした伝統芸能を写真で表現すべく滞在中。今日も地域の民俗芸能やそれのモチーフになった動物に関して聞いた話を忘れないように、ざっくりと箇条書きで書いておきます。

 

①張山しし踊り撮影・新田さん(富川さん同行)

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家の中に保管されているしし踊りの小道具を、日常の風景の中で撮影させていただいた。トラクターや田園風景などと一緒に並ぶシシはとても大人しく見えたが、これがまた面白い。実際に祭りの盛り上がりの中にいるより、日常の中で保管されている方が圧倒的に時間が長いので、ある意味シシの素顔を見た気がした。また、芸能人のオフショットを撮影したような気持ちにもなった。コロナ渦でシシも自宅待機をしており、外出自粛をしているのだ。以下、伺った話を一部抜粋。

 

・学校で子供達にしし踊りを教えているが、若い担い手は少なくなっているのが課題。

・しし踊りは江戸時代にお伊勢参りや金毘羅様の土産物として、奈良の春日大社から伝わった。この際に遠州掛川も通ったため、そこでもしし踊りに似たものを見たと思われる。元をたどれば、九州の高千穂の天の岩戸が発祥となっている。

・カンナガラはライオンの毛に似ている。

・しし踊りのデザインは白幕なので、踊る際に汚れやすい。

・太古からしし踊りの歌がある(?)

・最近は東京に公演に行くが、20分くらいしか踊れなくて残念。昔から比べると、踊る時間が短くなった。

 

②佐比内しし踊りヒアリング・佐々木さん(一倉さん同行)

▼佐々木さんのブログ

blog.goo.ne.jp

・遠野の駒木からしし踊りが伝わったと言われている。

・古老の口伝によると、その昔南部公時代に城屋敷に上がり踊ったという。この時に、シシの幕に染めている「丸に九曜紋」を頂いた。

世界遺産の橋野高炉建設から3年後、万延元年(1860年)に佐比内高炉建設の際、山の神祭に下村の佐比内しし踊りを踊ったと言われており、これ以前から伝来していたことがわかる。

・鹿は薬になるということで昔から食べられており、それを供養したり五穀豊穣を祈ったりするためにしし踊りが始まったと言われている。

・佐比内しし踊りの一番の特徴は、「かえし首」があること。横を向いた時に必ず正面に頭を戻す動作を行う。また、三角形を基本とした「サンバ」というステップで踊る。

・50年前から踊りに参加している。踊りに参加する目的は、子供にとって小遣い稼ぎ、大人にとってお酒と娯楽だった。子供達は昔、1000円でももらえたら喜んだ。大人にとって田植え休みのような感じで、会社を休むこともできた。

・国内では、富山県射水市熊本県菊池市に行って踊ったこともあった。バス代だけで120万円もかかるが、それは自治体から予算が出る。観光気分で行くことができた。海外公演を頼まれることもあるが、メンバーが休みが取れないのでなかなか行けない。

・演目の歌を全文見せていただいた。春日山、松島、奈良、京都区間の唐絵、加賀の菊酒、鹿島、天じくなどの場所を表す語が散見される。しし踊りの起源を遡る手がかりになるかもしれない。また、歌詞の意味は理解できないが、先祖が後世に伝えた隠されたメッセージがあるかもしれないとも感じた。

 

<今日のまとめ>

今日、張山にて初めてしし踊りの撮影ができてよかった。また、佐比内については事前にたくさんの資料まで用意していただいて、起源に関することがとても詳しくわかってよかった。さて、今回の滞在も残すところあと2日。写真展とトークショーに向けて、準備を頑張ります!ぜひ皆さん、コモンズスペースにお立ち寄りください。

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