稲村行真 Yukimasa Inamura ブログ「旅してみんか」

「伝統文化の魅力」を広めています。日本の伝統的な木造建築の古民家とその街並み、山奥の少数民族の村、過疎地どこでもフットワーク軽く旅をしております。

台湾 桃園-新北 100km徒歩 「日本人探し旅」3日目

こんにちは、台湾の徒歩の旅3日目(11月23日)のイナムラです。今日は、新店付近から、烏來までを歩きました。道中での出会いや、日本人探し旅の成果を書きます。

 

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今日の徒歩の旅のルートは、山上りに近い。昨日の道中がかなり遅れをとっていたこともあり、朝はホテルを7:50頃に出て、余裕を持って出発した。有名な観光つり橋をまず渡った。つり橋は台湾原住民の伝説によれば、死後の世界とも繋がると聞いたことがある。橋の上からは、大小様々な形の船が並べられ、その造形はまるでアート作品のようだった。その脇で、川を泳いでいる男を発見して、水が少し濁っていたので、心配だった。

 

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この橋を渡ると、商店街が広がっていて、魚や野菜など珍しい産品がずらりと並んでいた。道端に停めてあったバイクの座席がぶっ壊れていて、雨に濡れていたので、運転手は尻が濡れるななどとどうでも良い想像をして歩いた。商店街の通りには、日本で言う「雁木」のような庇がずらりと並んでおり、店をがっちり守っているようだった。「雁木」は雪国の知恵だが、ここではあくまでも雨を防ぐためのものらしい。

 

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ここから徐々に山登りが始まる。台湾の日差しは、まだ強い。歩き始めて1時間でかなり暑くなってきたので、半袖で歩いた。道端のあれやこれやが気になり、カメラを構えて動物的に反応していく自分を見つめながら、徒歩の同行者の陳さんは何を考えているのだろうか。僕は歩いているときに、基本的にはあまり会話をしなかった。ただ、対象物を追い求めるように前と後ろでかすかな呼吸を確かめながら淡々と歩くだけなのだ。

 

途中、高麗菜を売る家族がいたので、「日本人はこの辺りに住んでいますか?」と尋ねてみた。こう言う時に中国語が喋れる陳さんがいるのは心強い。あれこれと中国語で聞いてくれたのだが、どうやらこの辺には住んでいなくて、烏來まで行けば観光客相手のビジネスを展開している日本人がいるのではないかと言うことだった。道中は、もう一人にも尋ねてみたが、帰ってきた答えは同じだった。

 

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道は徐々に、太古の森を思わせるシダのような植物が跋扈する空間へと変化していった。大きな背の植物はまるで生きているかのようにグルングルンと波を打ち、人間に襲いかかってくるようにせり出し、森の深さと脅威と恵みとを一気に畳み掛けてくるのだ。

 

3時間ほど歩いて、発電所のある街に到着した。このあたりには、「記念碑」が多いことに気がついた。これは「ライオングループ」という国際的な機関が、「水と土」の保全を思い出させるために作ったもので、道中、他にもいろいろなところで見かけた。日本も建設に関わっているようで、台湾との交流を考えるキーポイントになると考えた。また、ここら辺には昔日本政府が建てた台湾で2番目の発電所があるようだが、よくわからないままファミリーマートで休んで、出発してしまった。

 

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それから、再び急な坂に戻った。基本的に人が歩くように作られていないのだろう、歩道が極端に狭くて、車がビュンビュン横を通り過ぎていく。途中、烏來の看板があり、ここからいよいよラストスパートになる。途端に、道の両脇に台湾原住民である「タイヤル族」の伝統的な模様、家やトイレなどの壁にはタイヤル族をモチーフにした物語が描かれており、トーテムポールのような塔も見かけるようになった。草むらに、等身大のタイヤル族の格好をした人形が置いてあるのを発見してギョッとしたが、それはそれで面白かった。

 

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1時間ほど歩くと、烏來の街の中心街へと至った。ここはタイヤル族がいる場所の中でも最も観光地化されたところで、トロッコ列車が走っていたり、土産などもたくさんあって「商売のための伝統文化維持」を少なからず感じてしまう。しかし、これがないと文化を維持できる収入がなくなるという側面もあり、暮らしから出現する生きた伝統なるものは崩れ去り、ニューカルチャーとしての原住民文化が人々を支えている。ただ、これはこれで人々の豊かさや賑わいを生んでいて、苦しさや葛藤を生むいくつかの原住民観光地に比べると断然良い街づくりだと感じた。

 

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この街では、タイヤル族の伝統料理を食べた。豚の肉や「マカオ」という香辛料が入ったオムレツ、竹の筒に入ったご飯、野菜炒めなど、どれも素朴な味わいで美味しかった。食後は、タイヤル族の生活文化が知れる博物館に行って展示を見た。「マカオ」の育て方、見張り台の建築様式、儀式についての展示が一番面白く、1時間くらい見入った。

 

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その後、ラストスパートということでゴールの烏來の滝に向けて、最後の30分坂を登っていった。道端からは懇々と水が湧き出し、道路をひたひたに濡らし、道端に描かれたタイヤル族の人々が微笑んだ。滝が見えてくると、静かに旅の終わりを実感した。この旅で最も大事なことは、多くの人の支えで、言語の壁や文化の壁を乗り越えて「海外」での徒歩の旅を、一種の「仕事」として、実現できたことだった。心の中にこみ上げる喜びと感動はゴールの前後ではいつも湧いてこない。しかし、やはりここまで3日間同行してくれた陳さんを労いたいと思い「Thank you for your support.」と言って、犬村くんのストラップをプレゼントした。自分はなかなか手の込んだことができる人間ではないが、ささやかな喜びを共に分かち合えて嬉しかった。

 

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ゴールの後に、道端の飲食店に入り、タイヤル族の小物を写真でパシャパシャ撮っていると、おばちゃんが裏から出てきて微笑んできた。タイヤル族の女性でありながら、日本語が話せるようだ。「こんにちは」「どこからきたの?」と話しかけてくれた。そして、なんと娘さんが日本に住んでいるようで驚いた。娘さんの写真などを見せてくれた。歩き疲れ、やっぱり運動の後はビールだということで、この店で陳さんと乾杯した。

 

 

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程無くして、メットさんが笑顔でゴールに駆けつけてくれた。いつもの徒歩の旅はゴールで30人くらいの地域の方に出迎えてもらうのだが、今回は数人でゴールを祝うという喜びもあることを知った。その後、メットさんはタイヤル族の織物をたくさん作っているお店に連れていってくれた。

 

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そこで、フィンランドに留学していて休暇で帰ってきたというタイヤル族の女性や、織物ワークショップを行いながら大学でも講義しているという方など、様々な人に出会い、コーヒーを飲みながら数時間語り尽くした。言語がうまく伝わらないからこそ、話はよりシンプルになって本質をうまく伝えようと努力するようになる。その過程は、意外と心地よいものだ。日本人インタビューはできなかったものの、日本語が喋れるタイヤル族の人と、日台関係のことなど話ができたので良かった。やはり旅は人と話をすることが最も楽しい。

 
その日の夜は、メットさんと陳さんと、辛いものを食べにいった。とにかく激辛で、見たこともないような食べ物ばかりで担々麺くらいしか名前も覚えていないのだが、とにかく辛いということだけは印象に残った。それでも、これはあまり辛くない方だと言われて、自分は辛いものを食べるのが得意だと思っていたので衝撃を受けたが、台湾人は舌が強いということがわかった。楽しい徒歩の旅は終わり、後2日はタイヤル族の村を訪問して、国立政治大学での授業を行い、帰国する。残り2日間も思いっきり楽しもうと体に刺激が入った夜だった。