稲村行真 Yukimasa Inamura ブログ「旅してみんか」

「伝統文化の魅力」を広めています。日本の伝統的な木造建築の古民家とその街並み、山奥の少数民族の村、過疎地どこでもフットワーク軽く旅をしております。

【115日目】京都の美山にて!凄まじい炎の祭り「上げ松」に参加!祭りの真髄を観る!

 

 

現在、京都の美山に8月31日まで滞在中だ。

古民家宿泊施設「美山FUTON&Breakfast」で宿泊事業と茅葺き屋根葺き替え事業のお手伝いをさせていただいている。

ina-tabi.hatenablog.com

 

 

この時期は美山でも祭りがたくさんある。

美山町島地区というところで、8月14日に祭りに参加した。

公民館を貸し切り庭も使って、

大小3つくらいの屋台が出て、

ビンゴゲームをして楽しむという、

比較的小さな祭りだ。

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終盤には、花火をやりまくって楽しむ。

やはり祭りに火の存在というのは欠かせない気がする。

人類は約150万年前にアフリカのケニアで、

初めて火を使い始めたと言われている。

火があることにより、

・夜間の活動を可能にした。

・加熱による食物の栄養価が向上した。

・病原が減少した。

・摂取カロリー増加で脳の拡大を誘発した。

・火の共用による集団生活の必要性が増した。

とくに、最後の集団生活の必要性は

祭りと非常に密接な関係があり、

重要なポイントであろう。

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この美山町島での祭りに参加して、

もっと派手ででかい祭りがあるというので、

紹介してもらった。

それが、美山町鶴ヶ丘というところで開催される

上げ松」という祭りだ。

なんでも炎が燃えたぎり、

男たちが松明を振り回しまくる!?らしい。

これは見所たくさんだと思い、参加を決めた。

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8月19日祭り当日。

午後7:30僕は家を出た。

夜は満点の星空がきらめいていた。

クマが出るのではないかと思い、

ビクビクしながら、

大きな山と夜空に見守られ、

チャリンコで夜の闇を駆け抜ける。

夜の道を走ること30分。

ふと川に目を向けると、、、

なんと川が炎に染まっていた。

恐ろしく美しい光景だ。

どうやら、祭りの会場に着いたようだ。

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この祭りの由来は、こういう経緯に基づく。

美山は「山のまち」。昔から、多くの村人が山に木を植え、育て、山仕事で暮らしてきました。火は人々の暮らしになくてはならないものですが、あらゆるものを焼き滅ぼしてしまう恐ろしい魔物でもあることも昔の人々は知っていて、そのため愛宕の火の神を鎮める行事として、「上げ松(松上げ)」が行われてきたのでしょう。多くの家には、現在も「愛宕祀符 火廼要慎」と書かれた愛宕神社のお札が貼られ、火の神への畏敬の念を持ち続けています。 

参考文献「京都美山ナビ」

https://kyotomiyama.jp/column/agematsu

 

つまり、火は

①生活に不可欠である

②あらゆるものを焼き滅ぼす

という極端なプラスとマイナスの側面を持つ。

この伝統的な祭りの意味は、

「畏敬の念」の現れと言えるだろう。

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 人々は焚き火に木を捧げ、松明に火を灯す。

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そしてなんと、

どでかい木の柱の上めがけて、松明をぶん投げる!!!

てっぺんに松明がぶつかれば、花火が噴射される。

てっぺんに届かなければ、地上に落ちる。

人の頭上に落ちそうでヒヤヒヤする。

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基本的に、火の祭りというのは、危険だ。

あえて危険なことをする。

でも、それが畏敬の念を抱くということだと思った。

そして、火というのは、コミュニティをデザインする上で大きな役割を果たす。

ゆらゆらと、轟々と燃え盛る火を固唾を飲んで見つめる人々は、

多くを語らずとも、どこか共通の仲間意識を持つようになる。


【115日目】京都の美山にて!凄まじい炎の祭り「上げ松」に参加!祭りの真髄を観る!

 

 

近くでは、盆踊りも開かれていた。

この盆踊りの唯一の特徴は、

「音楽がないこと」だった。

最初聞いた時はびっくりした。

歌い手の人が2人いて、男と女だ。

交互にこの土地に伝わる民謡を歌う。

それに合わせて、周りの人々は複雑な振り付けの祭りを踊る。

 

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これがまさに「共通言語」だと思った。

コミュニティというのは、同じ言語を持たねばならない。

例えば、アニメオタクのコミュニティに入ろうと思ったら、

アニメの基本的な知識がないと所属することが難しい。

それと同じように、

この地域コミュニティに入るには、

盆踊りの振り付けがわからないまでも、

この祭りを通じて、

この土地の民謡のことを知ったり、

踊りの振り付けを真似てみたりする。

そうやって初めて、地域コミュニティの仲間入りができる。

あそこの山はよく崩れるだの、

この川がよく氾濫するから気をつけろだの、

そういうのも、共通言語の1つと言えるだろう。

 

 

極小形態としては、家族、友人関係、

極大形態としては、地域の区分けとか、県の区分けとか、国の区分けとか、

そういったものは全てこの共通言語(ないしは文化)を持つことで

成立している。

それぞれが何らかの文化を共有していて、

共通の言語を持って会話しているのだ。

そういうもんが祭りには凝縮されていて面白い。

だから、祭り巡りというのは止められない。

 

 

僕が作りたい人の集合とは、

いかなる文化を持って、

いかなる言語を共有しているのか。

今の所のキーワードとして、

具体的なイメージできているのは、

・流動村

・自然(持続可能性)

・コミュニティ内ヘルプ

あたりかなあと。

もっと広い世界みてイメージ膨らませたい。