稲村行真 Yukimasa Inamura ブログ「旅してみんか」

「伝統文化の魅力」を広めています。日本の伝統的な木造建築の古民家とその街並み、山奥の少数民族の村、過疎地どこでもフットワーク軽く旅をしております。

【89~92日目】中国からベトナムへ!少数民族の村を多数訪れ、個性が輝く地域のコミュニティとはなんなのかを考えた。

人は生まれた時、

流れる時間に色などない。

ある日黒が一角に置かれた。

どんどん碁盤は黒に染まっていく。

黒の碁石の上から白い絵の具を塗ってみた。

でもすぐに絵の具なんて削り取られてしまった。

黒を爪で剥がそうとした。

ただ傷つけてしまっただけだった。

 

ただみんな忘れているだけなんだ。

白と白で黒は白になるし

黒と黒で白は黒になる。

細胞同士は互いに作用し合い、人間を作る。

人間同士は互いに作用し合い、エコシステムを作る。

 

弱肉強食。

正論を振りかざす先生など少数民族

大きなうねりは、刺激と反応に隙間を作らず、

人間も、エコシステムをも食らう。

だからこそ、今一度考えたい。

 

世の中に単純な2項対立など断じてない。

世の中、白と黒だけじゃない。

世の中、男と女だけじゃない。

世の中、大学卒業したら就職する人だけじゃない。

だから、世の中面白い。

一人一人が今日を生きる意味がある。

 

僕が少数民族の村を何度も訪れる理由は、

誰もが本当に自分らしく生きるとはどういうことなのか

場という集合体において個性の発揮はいかになされるべきなのか

場という集合体が大きな国家や時の流れにいかに飲み込まれないか

ということをこの目でしっかりと確認し、

足で踏みしめ体で記憶し、

ローカルコミュニティをビジネスという形で体現しようとした自分の

明日を考えるためであった。

 

 

 

 2018年7月26日(木)

中国雲南省最南端の街・河口。

ベトナム人と中国人の入り乱れる街。

昼間歩いていると非常に蒸し暑い。

ここから、少数民族の宝庫であるベトナムへの玄関口・ラオカイ を目指す。

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中国側はかなりセキュリティが厳しい。

河口に向かうバスの検問所で銃を持った警官に2回ほど引き止められ、

国境で最後の検問は長い時間を要した。

門を越えると、

ベトナム側はかなりセキュリティがゆるい。

すんなりと通れた。

排他と寛容のギャップを味わうのにこれほど適した国境はないだろう。

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ベトナム最北端の街・ラオカイ 。

ベトナム人と中国人とヨーロッパ人が入り乱れる街。

ここに入るとまず驚くべき体験をする。

道ゆく人に次々に声をかけられるのだ。

これ買わないか。

タクシー乗っていかないか。

ホテル泊まらないか。

めちゃくちゃ遠くから声をかけるもんだから、

すごくフレンドリーな国民性を持っているとわかる。

しかし、一方でとても貧しい街という印象を持った。

お客さんが欲しくてたまらないという雰囲気が伝わって来た。

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川沿いの階段で夜中にうたた寝をしていた。

夢ばかり見た。

最後に3度目くらいに目覚めた時に、

横に人が座っているのが見えた。

おそらく間違いだろうと思ってよくよく見ると、

やはり座っていた。

車のライトがぼんやりとそれを照らした。

それはとても不思議な光景だった。

同時に恐ろしくなった。

ぼくは何を思ったかその場を立ち去った。

立ち去る瞬間真横を振り向くと誰もいなかった。

あれは何を意味していたのだろうか。

旅をしていると時々、

こういう不思議な体験をする。

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2018年7月27日(金)

ベトナム最北の田舎街・サパ。

早朝に僕が向かった街は「観光地化」された、

ヨーロッパ人と少数民族の街だった。

僕が見たい少数民族の姿ではなかったが、

ヨーロッパとベトナム少数民族という異色のコラボを、

ただ観察してみた。

少数民族の衣装を身にまとったある少女は、

無表情で僕の方を見つめてきた。

僕はそれに応えるように笑顔で見つめ返してみた。

手作りのアクセサリーを薦めてきた。

僕は心の底から欲しいと思って一個買った。

売れたのに笑顔も見せず、

もう一個買って欲しいと言ってきた。

僕は心の底から欲しいと思っていないので断った。

ねだることしか知らないように見えるその少女を

ぼくは機械と思ってしまった。

A=Bがプログラミングされてしまった世界があることを

僕たちは忘れてはいけない。

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ある少女が民族衣装を着て眠っていた。

見世物。

人々はこぞって写真を撮った。

マイノリティは見世物になってしまうのだ。

世の中にある縦関係とは、

時に人々に違和感をもたらす。

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ベトナムサパから徒歩圏内・キャットキャット村。

そこにあるのは、一見のどかな農村であった。

しかし、ぼくは徐々にテーマパークに見えて来た。

暮らしの場よりは観光地感が強い。

とある少数民族の人があとをつけて来た。

店に入ってかわそうとしてもついて来た。

走ってもついて来た。

どれだけ商品を買って欲しいのだよ!!!

その絶え間ない執着心に、

この周辺の村の現実を見て、

自分がどれだけ豊かな環境にいたかを知った。

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2018年7月28日(土)

ベトナム最北の田舎村・カンカウ。

もっと山奥に行かないといけないと思った。

ラオカイから3時間ほどバスに乗ってバクハ へ。

そこからまた2時間ほどバスに乗ってカンカウという街についた。

この村は土曜日になると市が立つという情報を耳にしたので、

早速バスを乗り継いで早朝から市を散策した。

そこは想像を絶するほど豊かで、

本当の意味で「自然」な暮らしをしていた。

この旅で見たいものに近いものが見られた。

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牛がたくさん取引されていた。

田畑を耕したり、フンを堆肥にするためであろう。

不必要に牛をひどく扱うでもなく、

草を食べたいならそれを見守ってあげていた。

人と家畜はできる限り目線を合わせているようだった。

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人々は自分好みの少数民族の衣装に身を固め、

とても生き生きと生活を送っていた。

その土地で採れた素材を生かした、

色も形も様々なデザインが見られた。

伝統を守りながらも、

それが自分の個性を押しつぶすでもなく、

むしろ生かしていると思った。

人々のその生き様は地球にキスをするかのように

とても輝いていた。

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食事は豪華とは言えないが、

質素であっても貧しくはなく、

日本の美意識であるわびさびの美意識を感じた。

ここら辺の食事は、調味料や香辛料のレパートリーがおおい。

自分好みの味や素材の食を楽しめるのは良い。

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鶏を捕らえて、村に帰る青年を見た。

その背中は堂々と、自由に、のびのびとしていた。

自然の命を腹のなかに収めるという本当の意味を

この若い青年は知っているように見えた。

人が豊かに生きるためには、

自然という莫大な資源が全ての根元に存在していて、

それをわずかばかりにでも意識して生きることが

大事だということを教えてくれた。

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山はどこまでも深く、人々はそれを追求しつつも

どこかのんびりとそれを楽しんでいた。

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村を巡っていて気づいたら、

靴は牛のフンと泥まみれで、

何がフンで何が泥かわからなくなった。

汚いという感情が

いつのまにか消えていた。

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2018年7月29日(日)

ベトナム最北部の街・バクハ  

翌日、バクハ の日曜日の定期市にも行ってみた。

いくつか面白い食べ物はあったものの、カンカウほどの衝撃はなかったので省略。

この後、中国の河口に戻ることにする。

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ベトナム少数民族の村巡りからおもったこと。

僕は、まず人々が集まる賑わいが好きである。

台湾の夜市巡りの時からそれは不動のものになりつつある。

その中でも、個性や独自性が発揮されている瞬間面白いと感じる。

集合と個性の発揮をどう満たせるかを考えている。

完全にそこはソフトよりの考え方。

 

ただし、そういう行為の周辺による影響力は拭いきれない。

カンカウの村も周辺の自然気候風土など周辺の環境や、住居や広場といった箱によって形成された行為であることはまざまざと感じた。

その上で、創作したくなる。

だから、自分の立ち位置を確認してみると、

最も人に寄り添い、

心地よい人の集合が作れるような

空間の構造や意匠、媒体のデザインを提供できる人間

になりたいのではないかと考えるに至っている。

しかし、まだ確証は得ていない。

 

 

ベトナムに入ってからいつのまにか、

観光地化されていない村を巡っている自分に気づいた。

少数民族とは村の中でたった1人の日本人。

すなわち僕のことだ。

また明日、100対1の楽園を個性的に遊歩していけたら嬉しい。

 

 

<今日ご紹介したエリア>

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