稲村行真の旅してみんか

旅をしながら建築とデザインを探求しています。

新しい空き家活用の形「アルベルゴ・ディフーゾ」について学んできた。

アルベルゴ・ディフーゾ。

それは、イタリア発祥の分散型の宿泊を推進する考え方。

そこにある空き家などを使って街全体をホテルとして捉える考え方である。

(参考資料はこちら→https://prtimes.jp/a/?c=15916&r=52&f=d15916-52-pdf-0.pdf)

 

日本でいうと、個人的には、兵庫県篠山の城下町ホテルや、東京都谷中のHagisoがコンセプトとしては似通っているように感じたが、どうやら相違点は、過疎地での村再生という視点であるように思われる。

 

過疎地の村は、空き家活用の自由度が高いというところが、村全体を宿泊施設とするコンセプトとの親和性と言えるのではないか。

 

それに関していうと、実体験として面白い話がある。

先日、八王子のまちづくり会社に遊びにいった時に、八王子の商店街から空き家発掘は至難の技だと話をしていた。

なぜならば、第一に、権利関係が厳しいからだ。だれの空き家ともわからず、活用することはできない。

そして、第二に、基本賑わっているところは困ってないので、空き家になってもなかなか貸してくれない。家賃をとにかく高く請求してくる。別に空き家を所有していても困ることなんかないからだ。

そして、第三に、東京オリンピック前なので、基本建築費が高く、建て替えを検討している人にとってはダメージが大きい。だからこそ、空き家をそのまま手を加えずに塩漬けにしておいて、オリンピック後に地価が下がってきた時に建て替えようというニーズがあるようだ。

これらの理由から、空き家活用をすでに賑わっている地域でやるには相当な根気とタイミングが必要で、あまりオススメできない。だからこそ、賑わいの少ない過疎の村で空き家を群として一気に活用しまくっちゃおうというのが、アルベルゴ・ディフーゾの狙いなのではないか。

 

しかし、それにしてもプロモーションの壁は否めないだろう。自然流入が少ない過疎地に観光客を呼ぶにはコンテンツ力が必要であることは明白で、そこをどう考えているのかは自分にとって考えるべきポイントであった。

 

今日は、イタリア文化会館にて、

アルベルゴ・ディフーゾ協会会長のジャンカルロ・ダッラーラ氏が来日したということで、お話を聞きに行った。

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旅行マーケットからの逆算ではなく、土地そのものを発信するという考え方をとても大事にしていた。

それは、内に対するプロモーション(インアプロモーション)でもあり、そこが出発点。内側の人間が変わっていけば、徐々にコアな旅行者を獲得していけるということ。

そのためには、地域の人、一人一人が、それぞれの作り手意識を持って誇りある資源を見つめていく必要がある。

 

そして、結局最後は美しさに帰属する。

街全体を観光客受け入れという方向性に舵をきるためには、まずその村の美しさが引き出されなければならない。

そこを大事に、景観に対しても結局は縛りを設けて行くべきなのではないかという議論をしていた。

古民家でも重要伝統的建造物群保存地区という区域には景観規制が設けられるように、美しい村という単位でもそういったことが必要になってくる未来もあるのでは?ということである。

 

ここまでくると、個人的には、クリエイティビティを阻害する要因でもあると思うので、あまり好きな考え方ではないが、伝統的方向性でいくのか、クリエイティブの方向性でいくのかを選ぶのはその村自身であり、今後の展開に注目したい。

 

いろいろと考えてもみたが、なんだかんだ言って、アルベルゴ・ディフーゾは、少なからず空き家活用と、コミュニティ形成の方向性に大きな影響力を持たせる考え方でもあり、世界を席巻しうる活動である。日本にアルベルゴ・ディフーゾの波は来るのか。これから、どのような展開があるのか、本当に楽しみだ。