稲村行真の旅してみんか。

個性的な旅をしております。

時間の使い方について考えていること。

最近、時間の使い方について考えている。

 

目標達成を第1としてみた時に、

週7日忙しくしている人と、週6日忙しくしている人では、余白の時間を1日作れている後者の方が、目標達成しやすいのではないか。余白ができてこそ、考えていることが整理されたり、普段気づかないことに気づかされたりする。

今日は、炊飯器の調子が芳しくなかった。ああ、内部に水が入ってしまったんだなと気づいて炊飯器を傾けることは辞めようと決めた。もっと炊飯器を大事にしようということで、きれいにすみずみまでふいて、じっと炊飯器を観察して見守った。これが、向き合うという行為だと思った。生活の乱れは、心の乱れ。心を整えるのに、こういう余白は必要なんだと気がついた。

 

また、21:00~翌9:00まで寝ている人と、24:00~6:00まで寝ている人とでは、睡眠を短く効率的に取っている後者の方が目標達成しやすいのではないか。

起きてもやることがないと考える人もいるだろう。または、布団の居心地が良すぎて、布団から出られないという人もいるだろう。それでも、やることは考えればいいし、布団の居心地の良さを下げればいい。睡眠を短く効率的にとらないと、一日だらけてもったいない。毎日をもっと大事に生きたい。

いつも、崖から飛び降りるという比喩を使う。なにか始めることを「崖から飛び降りる」と表現したならば、そのなにかを起動に乗せることを「パラシュートを開く」という。崖から飛び降りた地点に戻ることは出来ないわけで、パラシュートをなんとしてでも開かないといけない。1度崖から飛び降りたんだから、違う崖から飛び降りてみてこっちならパラシュート開くかも?などと言うことなど出来ないわけだし、そんな夢を見ていては、いつまでも夢の中にいるだけだ。じきに開くだろうとゆうゆう構えていては、地面に突っ込むだけだ。この例えを思い出す度に、毎日大事に生きなきゃいけないと強く感じる。

 

こちらが愛用の炊飯器。

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